![]() ※このベンチは大井町線上りホームのものです。 |
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東急池上線 各駅木製ベンチ群と旗ノ台駅木製ベンチ 第2章 ※あまりにも前置きが長くなってしまったため 2章に分割しました。ごめんなさい、長くて・・・(^^;) |
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| さてさて、やっと本題の第二章、「旗ノ台駅の木製ベンチ」に取りかかろう。 なぜ、このベンチに目がいったかは、第一章に書いたとおりだが、読者氏のおっしゃられている「木製ベンチ」の他にもう一つ、この駅には「旗ノ台駅の木製ベンチ」がある。最初のベンチは池上線の下りホームにあるのだが、もう一つは大井町線の上りホームにある。 両方ともデザイン的にはうり二つ。先に取り上げた、池上・石川台駅のものと、同一のデザインである。だだし、こちらの2つについては、ツートーンカラーの塗装はされていなく、どちらかといえば板張りの木目を生かしたニス塗り仕上げに近い。大井町線と池上線の乗換駅ということもあり、大変利用度も高いのだろう。背板に地の木目が見えてしまっているからだ。では2つのベンチを見聞してみよう。 まずはお題、池上線下りホームにあるベンチ。前述のように大変利用度が高いと見えて、塗装が剥げ、背板の木目がかなり大きく見えてしまっている。ニス塗りと言うより、久我原駅のベンチに近い、濃い焦げ茶色に塗装されていたようなのだが、どちらかというと塗膜の厚みが久我山のものと比べると薄い印象があり、地が見えてしまっているからか、ニス塗りのように感じられてしまうようだ。 大きさはというと、実際座っている人を勘定して推測すると、普通に腰掛けて20人くらいは裕に座れる長さがある。見ていると、7〜8分間隔で池上線の下り電車が到着する前には、ほとんど空いた空間がまばらになってしまう。平日の昼間ということもあり、座る人の何割ががお年寄りと言うこともあるだろうが、とにかくよく利用されているのは間違いない。その証拠に、ベンチの全体像を撮影するためには、下り電車が到着して発車していく直後まで待たないと、無人の状態での撮影はできなかった。それも大井町線の到着のタイミングで、すぐに座るお客様があるので、失礼に当たらないように完全に無人になるまで下り電車2本ほど待ってしまった。 というわけで、撮影に忙しく、このベンチに腰掛けて感触を味わうのをすっかり忘れてしまった。ただ、見た目にも座板・背板とも表面はツルツルで板の痛みも見られず、まだまだ現役で使用できそうだ。色は塗り直した方が良いかもしれないが・・・。読者氏の心配されていた、駅改良工事も今のところ大井町線ホームの改良が主のようで、商店街側の改札口に直結しているこの上屋が早急に撤去更新されてしまう感じはしない。ただ、大井町線の乗り換え跨線橋が全面的に新しくされてしまったら、屋根続きの池上線上屋の更新も予想される。そうなると、壁面に作りつけのこのベンチも撤去されてしまうだろう。同一のものが上り線側にもあり、過去に座ったような気もするが、今は無くなっているようだし・・・。 では次、大井町線上りホームにあるベンチの見聞に移ろう。はっきり言ってこちらの方が、間違いなく消滅危険度高だろう。何せ、現在進行中の改良工事は現在、対面2線2面のホームを普通列車待避が可能な2面4線のホームに全面的に作り替える工事だからだ。完成予想図を見ると、駅自体、自由が丘側に若干ずれる模様だし・・・。となると、現構造物はすべて撤去更新となるわけで、そうなればこのベンチも無いはずだ。もともと、このベンチ自体が大井町線側駅本屋(この本屋も味がある建物。その昔の東京駅八重洲口本屋に通ずるデザインの代物らしい)に続く、線路下地下通路に続く階段を背にした仕切り板に作りつけられているため、工事がこの上りホームに及んだ時点で、早晩消滅と相成るかもしれない。 姿形は、池上線ホームのものと瓜二つだが、若干利用度は池上ホームの者と比べると落ちるようで、背板の塗装がすり落ちて、地が見えてしまっているところは見られない。こちらのベンチでゆっくりと座った感触を味わってみた。大きは、池上ホームより少し小振りで9mほど、ちょうど15人くらいが座れる大きさだろう。背板は垂直に近く、50〜60cm位の高さがある。背筋がピンとのびるような感触は、他駅のものと同じ。座面は30〜35cm、椅子の高さも同じくらいか。膝裏にくる座面の角は、綺麗に面取りがしてあり、このRがベンチ全体を印象づけているように感じられる。 背板に背中をきっちりと密着させると、ちょうど頭の後ろに当たるところに、広告の掲示板の下縁がくるのだが、その昔はこの掲示板は無かったと見えて、ベンチのしつらえてある壁板の枠木にも、きちんと面取りがしてあり後頭部をもたれさせかけると、ちょうど良いようになっている。地下道から階段を上ってくると、ぽっかり空いたホームの壁板越しにベンチに座っている人の頭のてっぺんが並んでいるのが、ユーモラスに見えたのではないだろうか・・・。 さて、このタイプのベンチの制作年代だが、もしこの大井町線ホームと同年代の制作とすると、大井町線の旗ヶ岡駅と池上線の東洗足駅が統合されて、現旗ノ台駅が開設された昭和26年から30年代と言うことになる。デザイン的にはもう少し古いものと小生は期待したいのだが、いくら大切に使われてきたとはいえ、木製の公共物でしかも毎日何百という旅客が使用するもの。さすがに戦後、多くて50年程度の年月を経てきたと言うのが、ちょうど良いように思われる。 東急全線の懐旧写真のバイブルである、「回想の東京急行T・U」を眺めてみても、ホーム上屋下は陰になってしまいベンチなどのものはなかなか判別できない。その中で千鳥町のホームにベンチが写っている写真があるが、今のものより遙かに貧弱な椅子であるし、池上線旗ノ台上りホームにはベンチそのものが無いように見える。ひょっとすると、このベンチ群はもっと新しいものの可能性もある。 いずれにせよ、木目の目立つ、こういった作りつけの大型木製ベンチは木造上屋とともに、あまり見られなくなっているのは事実である。もう二度とこういった意匠で制作され設置されることは、現代のホームの構造からもあり得ないだろう。お題を提供して頂いた、読者氏に感謝いたしたい。なお、後日、この木製ベンチと同じ思想で作られたと思われる、後継タイプのベンチを見つけた。現在大井町線尾山台駅にあるモダンなデザインの作りつけベンチがそれである。制作年は昭和39年4月、大井町線の都営三田線乗り入れを見越して駅が現在の形に改装されたときに、同時に設置されたものである。残念ながら、このタイプの駅改築は以後無かったとみえ、この新タイプの木ベンチはここにしかない。以後は移動可能な簡易ベンチが主流となってしまったようだ。参考までに・・・・。 |