旧帝都電鉄(現京王井の頭線) 旧式架線柱&小田急型架線柱
前編 吉祥寺〜井の頭公園 神田川橋梁

※このページの前置きがあまりにも長くなってしまったので・・・

小生の愛してやまない、小田急線。創業時の逸話として必ずと言っていいほど、語られるのが社史にも書かれている、工事着工から1年半での全線開通、ちょっと遅れはしたが当初からの複線運転、投入車両は全車鋼製、レールは舶来のアメリカ製、架線柱も全て鉄製というくだりである。

特に架線柱は前述の通り全鉄製を謳うだけあって、形状を「小田急型」とも言われたりしている。当然、他社にも「○○型」と呼称されるような独特の美しい架線柱を持った電鉄会社もあると思うが、あまり耳にしないのはなぜだろう。事実、この帝都線の創業時の架線柱は、とてもデザイン性の高いモダンな形をしているのに、帝都型と呼ばれたりはしない。

当時、時代の先端を行く電気鉄道と言っても、木造車両・木製ポールが当たり前だった頃、乗客集客のためのイメージ戦略に小田原急行鉄道首脳部が「鋼製・鉄」と言う素材を一押しの宣伝材料とし、それを新進気鋭の証として喧伝したことは、よく知られている。(これは開通が大正天皇の喪に服さねばならなかった時期と重なり、派手な宣伝が打てなかったための苦肉の策だったという説もあるが・・・)

意に反して開業当初は全くの赤字続きであり、集客増加の実効果は開通三年後に謳われた全くソフトな西条八十作詞のムード歌謡だったのは有名な話だ。ただ、そんなイメージ戦略の渦中で、架線を支えるための地味な電柱にも「小田急型」なんて言う呼称が付いてしまったのか・・・・。

確かに、この「小田急型」架線柱、省線などの物と比べると、エジプトのオベリスクを思わせるようなすっきりとしたシンプルなデザインをしてはいる(このクリック写真の柱にはトップの四角錐がありません)
。全体の構成はポールトップを加えると(トップの無いものも多いのだが)3段の鋼柱で構成され、各段は外締めのボルトナットで組み付けてある。

一つの鋼柱は太くもなく細くもないアングル材と補強の筋交い板をリベットで固定して作られており、各段を工場で組み立てて置けば、建柱現場では各段の鋼柱を組み付けるだけで柱ができあがる。1本ものの柱を苦労して長物車で運ぶ必要もないし、一から現場でこつこつとパーツを組み立てる必要もない。

これなら、たとえ上の段が破損しても、新しいパーツを持ってきて交換すればそれで補修完了であろう。誠に合理的な設計だと思う。事実、ビームを1本棒型からトラスビームに改良する際、長さの足りない分が発生したようだが、ポールトップの部分にボルトで組み付けを行い、鋼柱を継ぎ足している柱を見ることができる。(※ここで、コンクリート基礎に埋め込まれた最下段と上段の接合部分は、ちょうど車窓の「目線」のあたりにくることを覚えておいていただきたい)

いやいや、とんでもなく前置きが長くなってしまった。本題に入らなくては・・・

先日、たまたま井の頭線に乗っていたとき、この「目線」に架線柱の継ぎ目がある柱が見えた気がした。ん!何でここに「小田急型」!?。そのときは確認する時間がなかったので、メモチェックに留める。場所は井の頭公園駅手前吉祥寺方下り線脇である。そして、今日(12/04)お天気に誘われて、現場検証へ。雨にたたられていた休日で久々の上天気、井の頭公園の木々は鮮やかに紅葉し、なんともさわやかであったが、結果は残念ながら「否」であった。

形態は「小田急型」に非常によく似ているし、事実基礎部分と上段の継ぎ目はちょうど車窓から見ると目線の高さなのだが、実は鉄橋の橋脚から建てられているため、実際は「小田急型」よりずっと高いところにある。また、使用されている鋼材は、「小田急型」柱よりも遙かに細く胴の太さも一回り大きい。形態は全体的に「小田急型」をふっくらさせて、ちょっと繊細にしたような印象だ。柱に付いている建柱票をのぞいてみると「S8 6」となっている。そう、この柱は吉祥寺全通時(S8.8)に建植された柱の残り少ない架線柱のうちの一本なのである。

全通時と書いたが、S8に開業したのは渋谷〜井の頭公園間で正式に吉祥寺まで開通したのは翌年のS9である。しかるに建植年がS8.6と言うことは、井の頭公園開通時にはこの鉄橋も完成していたのか。聞くところによると、井の頭公園開業時には終点まであと一歩のところまで工事は進捗していたのだが、終点直下にある水道道路との立体交差のための築堤盛り土工事に手間取ったため、全通が五ヶ月遅れてしまったと言うことだ。

実はこの話にはこんな裏話もささやかれている。鉄道開通によって、沿線開発を行い、利潤をあげていこうという構想の下、開業した帝都線は当然、開業当初は頼みの綱の旅客もまばらであり、開業初年度にして経営状態は火の車、ここはなんとしても省線連絡にこぎ着けたい。けれど、将来に渡っての利潤追求のため、田無方面への延伸構想は不可欠であり、地平線だった中央線をオーバークロスするためには、吉祥寺駅を絶対に高架にしなければならない、そのためには立体構造の駅は不可欠だ、だから・・・、とこだわったがための遅延ではないかとも言われている。

現在、この前後の架線柱はご多分に漏れず新しい物に皆植え替えられてしまっているが、前述の通り、この柱のある場所が鉄橋(どちらかというとこの鉄橋の方が「昭和七年拾月」の銘板を見ることができるので有名である)の橋脚上なので、ここだけ残っているようである。当然上り線側の対柱も開業当時のものであり、一対で井の頭公園の杜の景観にとけ込んでいる。

ただし、この2柱間にトラスビームは存在しない。あくまで片持ち式の架線柱である。でも、何で独自の帝都型架線柱がある中でここだけ「小田急型」架線柱のデザインににているのか、案外これは開業時の会社の置かれた環境に関係があったりするのかも・・・。門型を組まないで強度を保たなければならない片持ち式の架線柱は、それ自体に強度を持たせなければならない。オベリスク型設計の柱は、この理にかなっていると思う。たとえそれが細い鋼材を使用して組み立てられていたとしても・・・。これをまずキーポイントの一つと仮定してみよう。

もう一つのキーポイントは、世界大恐慌で破綻しかけた東京山手急行と渋谷急行(帝都電鉄の前々身)の経営管理を小田急の総帥、利光鶴松が手にした点だ。何せ、この帝都電鉄という会社、開業したてで前述のとおり一歩間違えば最悪のケースもささやかれていた。このため、鶴松氏は徹底した合理化とコストの削減を行わねばならず、使える物はたとえ小田急だろうと省線のお古だろうと何でも使ってしまえの精神で会社の存続に尽力しなければならなかったのである。施設についても、新規に図面などを引いている状況に無ければ、あらかたの設計コンセプトがすでにある物を流用した方が、経費もかからない。これが2つ目のキーポイント。

この2つのキーポイントが果たしてこの井の頭公園の架線柱に関連しているかは、小生、証明するすべは持ち合わせていないし、残念ながらここの架線柱は「小田急型」架線柱そ・の・も・のではなかった。でも、結構推理するのにいろいろと文献を当たって、おもしろいことにも出くわしたり、そこそこ楽しめたのは事実である。

「百聞は一見にしかず」。興味のある方は実物をご覧になっていただくのが一番早い。ふつうならここで「おしまい」となるのだが、ここでこのお話は終わらない。もう一カ所、控えているところがある。天気はいいし、小春日和で公園で昼寝でもしていたい気分だが、ぐっと我慢して井の頭公園駅から、次の本命へと足を向けてみよう。                                                    後編へ

2003.12.14追記
もう一つ、この小田急型柱の設計によく似た、というよりもこの井の頭公園の柱により近い柱を見つけた。小田急のお膝元、箱根登山鉄道線で使用されている柱である。東海道線から観察しただけなので、奥の方にもあるかは未確認だが、かなりの本数が小田原口にはある。こちらは、トップの「とんがり」がもう少し大きく、胴回りも太いように感じる。
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