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:西武多摩川線 武蔵境駅構内 架線柱 |
| 最近、JR首都圏管内の架線柱が20年ほど前、雨後の竹の子のようにコンクリートポールに建て替えられた時代を経て、またポツポツと新型のポールに建て替えられている。エコロジーと環境対応によるものだそうだ。古い趣のある架線柱などは、耐用年数の事もあり、どんどん新型に取り替えられつつある。そんな、情勢の中で、たまたま高架工事の進むJR中央線で、また「見つけ物」をしてしまった。それも同時に2つ。 まず1つ目は駅ホームを共用するというより、一体化してしまっているJR武蔵境駅下りと西武多摩川線ホームでのお話。写真をご覧いただきたい。この架線柱の構造、どこかでお目にかかったなと気づいた方は、ピンポーン!そう、以前南武線登戸駅の架線柱で取り上げたモノと全く同じタイプの架線柱(南武線のものは2本組み合わせのW仕様)なのである。南武線も元は南武鉄道という私鉄であり、ここ多摩川線も当然の事ながら西武鉄道の支線、元は多摩鉄道という私鉄であったことから、電化路線で使用された当時(えらく古いか、そんなでもないかは別)の架線柱ということは間違いないだろう。そして両者とも会社設立の経緯が、多摩川の砂利採取・運送・販売を目的としているのも何かの因縁か。 それではこのポール、いつ頃の年代に製造・建植されたのだろうか。南武線のところでは南武鉄道開通当時の物ではないかと述べたが、どうやらそれほど古い物ではない可能性が出てきた。というのも、この多摩鉄道、開通は大正11年6月とかなり古いのだが、開業当初は電化されておらず蒸気機関車が列車を牽引して走っていた。電化されてこのポールが建てられたと思われるのは、昭和25年7月頃なのである。しかも、電化当時には西武鉄道化されていたので、当然この電化工事も西武の手によって行われている。 今のところ、このポールと同じ物はくだんの南武線でしか存在を確認していないので何ともいえないが、もし今でもこのポールと同じ物が西武線内で使用されていて、しかもその建植年代が同じ頃だとすれば、当然このポールの年代も特定できるだろう。 ただし、この多摩川線電化の昭和25年には、南武鉄道はすでに国有化されている。この辺の付合が今ひとつわからない。物資不足の当時のことである。電車線用鉄柱のアイテムも今ほど無かったと推測されるので、在庫のあるものを国私鉄へだてなく使用した可能性も捨てきれない。 また、戦後の米軍進駐による中央線沿線の基地建設ラッシュという国策急務のために増産体制をとらざるを得なかった、西武建設の是政砂利採取工場(同社内で総生産量は拝島工場に次いで2位)からの搬出を支えるために、急遽電化工事が行なわれ、その資材として近場で手に入る南武鉄道のストック品であったこの鉄柱を使用したとも考えられる。あくまでも推測だが。 たかが、架線柱一本と思われるかもしれないが、この架線柱がどういう経緯でここに建ち、今に残っているのか、小生にとっては気になって仕方がないのである。 |