![]() |
JR御殿場線 松田駅 跨線橋+ホーム上屋+駅本屋 |
| 何とも、色の取り合わせが絶妙な松田駅の跨線橋である。大正14年10月竣工。80歳近い老齢ながら、全くの現役である。 JR東日本管内の東海道線からJR東海管轄の御殿場線に入ってから、駅のリニューアルのコンセプトが変わったようだ。痛んだ部分は新素材などで完全に隠すことで、更新してしまう傾向があるJR東日本に比べると、どちらかといえばJR東海は元の「かたち・素材」を極力生かしつつ、手を加えてリニューアルしたものが多いようだ。小生の様な昔ながらの古めかしさが大好きな者にとっては、後者のポイントが高いのは言うまでもない。 さて、くだんの松田駅だが、写真の跨線橋だけに限らず、駅の全体が何とも旧時代そのままで時間が止まってしまっている。人気のないこの跨線橋の階段を半分ほどのぼり、振り返ってホームを見ると、これまた国府津駅と同じ、いやこれを遙かにしのぐ美しい柱の回廊がホーム先端まで続いている。少し傾きかけた赤めの陽の光にベージュ色がほんのり朱に染まり、何とも風情のある風景が続いているのだ。跨線橋を登り切ってここからホームを見下ろしてみると、屋根はスレート葺きになってはいるが、何とも懐かしい、なんだか、一昔前にタイムスリップしてしまったような駅風景が広がっている。 さて、跨線橋を渡って改札のある駅本屋へと歩みを進めてみよう。改札ラッチ前の広いホームの空間は、この駅が栄えていた頃の賑わいを想像するに難くない。東京へ向かう汽車を見送る人々、逆に観光でこの地を訪れる都会人を迎える旅館の客引き達の良く通る声、汽車を見てはしゃぐ子供達とそれをたしなめる和服姿のご婦人や、戦時中には出征兵士を戦地へと送り出す勇ましい町総出の壮行会もこの場所で行われたのではないか。そしていずれの時にも、懐中時計を持った駅長氏が厳格な目で列車の発着を取り仕切り、幾多の列車がしずしずとホームを離れていったことだろうと思う。人っ子一人いないがらんとしたホームに一瞬幻覚を見たような気がしてしまった。 改札口横の柱には丁寧な墨首で「本屋 停一号」と記された当時の財産票?が掲げられており、この駅舎の古さを物語っている。惜しくも、東海道本線開通時の初代駅舎は関東大震災によって倒壊してしまったが、2代目の現駅舎は80年の風雪に耐えてきた。時代は巡り、駅の半分はJR東海系のスーパーに占領されてしまったが、最小限の手しか加えられていない駅舎は昔ながらの堂々とした貫禄を失っていない。松田の町自体が、昭和30年代で時間が止まってしまったようなレトロな雰囲気を持っており、この町の空気に実に良く駅舎がなじんでいるのがわかる。 そうそう、もう二つこの駅前には一見の価値があるシロモノがある。一つは駅舎正面の松田合同自動車社屋である。今にも軒が落ちそうであるが、見ておいて損は無い。そしてもう一つは・・・次回のページで取り上げることにする。いずれにしても、町共々この駅を一度訪れてみることを読者諸兄にはおすすめしたい。 |
![]() |
2003.11.22追記 |
| 上の写真をご覧いただけばもうおわかりとは思うが、10/20から行われているホーム屋根改築工事で、あの美しかったホーム上屋は完全に消滅してしまった。すでにあった延長部分は鉄骨造りの新しい構造であったため、ここの部分は残されているので、この部分のデザインにあわせて、新築される物と思われる。木造のホーム事務室はかろうじて残るようだが、往事の面影は全く無くなってしまった。さらに、このホーム上屋改築工事は、駅本屋側にもなされるようだ。来年3月には松田の旧木造ホーム上屋は完全に消滅してしまう模様である。残るは沿線最古と言われる跨線橋のみか。この跨線橋については、御殿場砂利取り支線の名残と思われる構内ホッパー跡と併せて、また別の機会で取り上げてみたい。なお、ホーム上に新上屋の基礎を構築するためか穴が掘られているが、この土の中に、明治期の物と思われる煉瓦がちらほらと顔をのぞかせているのが見える。ご参考までに。 |
|
|||
|
|