〜 酸素 〜

収録の前日、会わなかった日を指折り数えてみる。
――――10日間。

久しぶりの上々。の収録日。俺のドラマもあるっていうことで無理を言って
スタジオ収録を一時期お休みさせてもらった。その間、コントを撮って
ドラマを撮って、山に登って…二人での仕事はひとつもなかった。
いや、二人で作るものがないのはここ数年ずっとのことだけれど。
相方なのに、会わない。会う機会すら与えられない。
そして、10日間。
寂しいと感じる暇があるわけではないのだけれど、どこか心が萎れていて
くたくたなのが分かる。仕事のキツさだけではない、一人で、という
緊張感が俺の体力を容赦なく奪っていくんだ。

一人きりの、俺の、仕事。

「うぃっす。」

南原が変だと言った俺の挨拶。癖なんだよ、急に言われてもなおらないって。
むしろ言われるまでこんな癖気付いてなかったよ。
ディレクターと二言三言話をしながらも俺の視線はなんとなく南原を
探している。妙に緊張さえするのはなんでだろう?。
「南原さんなら溜まりのほうにいらっしゃるんじゃないですか?」
さまよう視線がディレクターに悟られてしまった。
俺は半ば苦笑しながらも、言われる通りに溜まりへ向かう。途中、名前も
知らないアイドルの娘とすれ違った。
愛想笑いをして、会釈をする。少し前まで、愛想笑いはあまりしなくても
良かったんだけど。一人でいると、やらなきゃいけないことが増える。

まだ収録の開始までは間がある。観覧のお客さんの整理も終わっていないし
やっとセットの立てこみが済んだくらい。こんなに早く南原がスタジオに
入っていることは珍しいし、楽屋で眠ってしまわずに溜まりにいることも
さらに珍しい。
長机とパイプ椅子が置かれた“溜まり”に俺の相方はなんとなく所在なげに
たたずんでいた。

「めずらしいじゃん。」

何が、は言わない。

「うん。どう?調子。」

「なんだよ、急に。」

いや、と呟いて南原は人差し指で耳のあたりをひっかいた。軽く戸惑ったときに
よくやる仕草。片手でパイプ椅子の金具を何とはなしにつつきながら、しきりに
もう片方の手で耳を触る。

「会ってないよな?最近。」

「そうだねえ。何日ぶりだっけ?」

本当は訊くまでもなく知っているのだけど。答えてくれることを俺はひそかに
期待していた。

「10日…じゃねぇ?なんつーかさ、こんなに会わないと緊張するよな〜。」

さっき俺も同じこと思った。南原の向かいのパイプ椅子に腰を下ろす。
机の上に無造作に放られている雑誌を引っ張ってきて、読むとも無しにページを
めくった。

「ドラマ、どんな感じ?」

「ん、まぁそこそこ。見てる?」

「ま、ね。」

会話が途切れる。ぷっつんぷっつんと、なんだかここぞとばかりに話す気にもなれず
それでいて沈黙もあまり好きじゃない。
だからぼそぼそっと会話をして、その余韻の残る沈黙を食べる。
昨日までは不思議なほど会いたかったのに、いざ隣に座ってみると
結局いつもと同じ南原であいかわらず二人っきりになるとその空間を
持て余している。
まるで酸素が濃すぎて一度に吸い込めないみたいに。
それでも心地よい。自分が無理をしていないことを現金なほど俺は感じていた。
あんなにつかれていたのが嘘の様に、心が穏やかな波を刻んでいる。

「最近さぁ、別々の仕事多いじゃん。」

「しょうがねえだろ。」

「今日のフリートーク上手く行かなかったりしてな。ブランクが長すぎて…。」

俺が茶化すようにそういうと南原は読んでいた雑誌から顔を上げ、ふと
つぶやいた。

「10日ってさ、長いよな。」

「………そだね。」

南原が言葉を続ける。独り言の様に、小さな声で。

「酸素がさ、足りないんだよな。」

「なに、それ。」

語尾が震えたかもしれない。

「わかんないけどな。いっつもあるもんが無いと、調子狂うよなぁ。」

「狂ってくれたわけね?」

「バカ。」

一人の仕事が寂しいわけじゃない。できないわけじゃない。
気を遣えないほど子供でもない。でも、二人でいるときの酸素の濃度と
明らかに違う。薄すぎて、立っているだけで必死だ。
楽ができないんだ。常にリーダーとして、年長者として
振舞わねばならないのだから。


「さっきの調子のことだけどな。実は俺今日、風邪ひいてんの。」

「やっぱり?目、しぱしぱしてんじゃん。寝てないんだろ?」

「そ、だから今日仕切りお前な。」

「バカ、あまえんなって。風邪ひいたのお前の責任じゃん。」

「やだよ。ナンチャンやってよ。」

俺は笑う。誰に見せるともなく、自分のために笑う。
それができる空間がここにはある。








ディレクターの声がする。
お客さんのざわめき。
前説のイマイチな喋り。
名前を呼ばれる。

仕事が、始まる。

軽く目配せをして、セットのドアを押す。
俺と、お前と、だけでは濃すぎるほどの酸素。

お客さんを足し、ゲストを足し、スタッフを足し
二人の酸素で全部を包み込んで…。



誰のものでもない、俺たちの、仕事。

written by ASUKA

アリガトウ!! あすかさん!
ここで感想を述べようと思ったんですけど、私なんかの下手な感想を
書いちゃうと、せっかくの良い雰囲気がぶち壊しになる感じがするので止めときます。


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