内村と南原は美しい海に面した小さな町で生まれ育った。 二人の通う小学校の窓からは、いつも青い水平線がまぶしく 光って見えた。 授業中、ふたりは時々ぼんやりと海を眺めたりする。 だから時々なんとはなしに目があったりもした。 ある夏、南原は偶然浜辺で内村と会った。 南原が水着に着替えて堤防を降りていくと、波間を泳ぐ内村の 姿が見えた。 なめらかなクロールで泳ぐ内村の姿を、南原はぽかんと見ていた。 しばらくすると内村が海からあがってきた。 「あ・・・・」 内村は南原の姿に気づいて小さくつぶやく。 南原がぎこちなく話しかける。 「・・・泳いでたんだ・・・」 内村が頷く。 「クロール上手だね」 南原の言葉に内村は少し照れたような表情をする。 すると南原はまっすぐな瞳で言葉を続けた。 「・・・教えてくれる?・・・おれ、平泳ぎしか出来ないんだ」 突然の頼み事に内村は一瞬考え込んだが、真面目な顔で こくりと頷いた。 ふたりはしばらくの間海で泳いだ。 人に教え慣れてない内村は、苦労しながら南原にクロールを 教えた。 今まで自分が無意識にしていた動きを、南原の前でゆっくりと 一生懸命繰り返してやってみせた。 南原も一生懸命その動きを繰り返した。 長い練習の後、ふたりはためしに沖に出てみた。 時々隣りを泳ぐ相手を確かめながら、どこまでもどこまでも 泳いでいく。 「どこまで行く?」 内村が尋ねると、南原が笑顔を見せる。 「遠い国まで行こうよ」 覚えたてのクロールが嬉しいのだろう。 内村も笑顔になる。 ふたりは本当にこのまま海の向こうまで行けるような気がした。 10年後・・・・ 内村は登山家になり、南原はカメラマンになった。 ふたりとも忙しく、海外に滞在する期間も長いため滅多に会うことは 無かったが、時折ふと互いのことを思い出したりもした。 美しくも険しい山々を次々と制覇していく内村と、 様々な国の人々の姿をカメラに収めていく南原。 一見対照的に見えるふたりだが、どこか似ているところもあった。 ある日中央アジアの山奥の取材から日本に帰った南原は、 妻の静から内村が来月エベレストに向かうことを聞いた。 南原は異国の人々の素朴な笑顔が続くネガを整理しながら 黙って彼女の言葉を聞いていた。 「もしもし、内村?」 内村の携帯に懐かしい声が響いた。 「・・・・南原?」 内村はトレーニング場の隅で携帯を持ち直す。 「どうした、いつ日本に帰った?」 「ん、先月・・・・ で、聞いたよ、おまえ来月エベレストに行くんだって?」 「・・・ああ・・・」 「相変わらずだな・・・」 「ああ」 内村はかすかに笑う。 南原も電話の向こうで微笑む。そして思い切ったように言った。 「来週おまえの都合のつく日があったら会わないか? 久しぶりに・・・」 「・・・いいよ。木曜日だったらあいてる。何時がいい?」 「うーん・・・昼がいいな。ちょっと遠出したいから」 「遠出って?」 「海だよ・・・この辺じゃたかが知れてるけど・・・」 「こんな季節はずれにどうしてまた」 「いいじゃんか、たまに無精に見たい時ってあるだろ・・・」 「・・・デートじゃあるまいし・・男同士で行ったって色気も何もない ないなぁ・・・」 内村は苦笑しながらも時間を決めた。 南原の車を降りると、とたんに潮の香りがしてきた。 かすかに聞こえる潮騒の音。 内村は深呼吸してゆっくりと堤防を降りていった。 その後を南原が歩いていく。 秋の終わりの海は人影もなく、海の家の色あせた看板が妙に もの悲しく見える。 ふたりは砂に足を取られながらも波打ち際に向かった。 そして寄せては返す波の間際まで近づいては、何度もあわてて 逃げた。 だんだんふたりは競い合うように波に近づいていった。 そしてスニーカーを濡らし、ジーンズの裾を濡らした。 ふたりは相手が濡れれば濡れるほど互いを指さして笑い合った。 「ばかだー!」 「おまえこそ!」 いつのまにかふたりはジーンズの裾をめくりあげ、裸足で膝まで 海に浸かっていた。 「・・・すいこまれそうだよ」 はしゃいでいた内村がふと、波に足を任せたままその場に 立ちすくんだ。 彼の足元を引き潮がさらっていく。 「そうだな・・・」 南原も自分の足元を見つめてつぶやいた。 かすかに感じる不思議なめまい・・・ そのままゆっくりと水平線に目をやると海はただ静かに 輝いていた。 はしゃぎ疲れたふたりは砂浜に座ってぼんやり海を眺めた。 「・・・結構こうやって見るとここらへんの海も綺麗なもんだな」 内村が手元の貝を海に向かってぽーんと投げた。 「田舎の海思い出すか?」 南原もぽーんと投げる。 「そういえばずっと帰ってなかったな・・・」 内村がつぶやく。 しばらくふたりはただ波の音に耳を傾けていた。 「・・・山、綺麗か?」 南原が海を見つめたままふとつぶやいた。 内村が南原の横顔を見つめる。 「・・・綺麗だよ・・」 「また行くんだな・・」 「・・・ああ」 また会話がとぎれる。 少し置いて内村が再び口を開いた。 「おまえもずいぶんあちこちの国に行ってるじゃん」 「まあね」 内村は遠い水平線を見つめてぽつりと言った。 「・・・何探してる?」 南原が考え深げにうつむく。そして小声で言った。 「・・・・その言葉・・・そっくりそのままおまえに返すよ・・・ おまえも何探してる?」 内村は苦笑しながら足元の砂の中に貝を探った。 「・・・なんだろうね」 風が少しずつ肌寒くなってきた。 ふたりは陽が沈む前に海を後にした。 帰りの車内、ふたりは他愛のない思い出話をとぎれもなく 話し続けた。 学生時代の友人や先生のばかばかしい笑い話。 他人にはくだらないと思えるかも知れないが、ふたりの共通の 記憶を確認し合うのはとても心地よいものだった。 南原の車が内村のマンションの前に止まる。 「今日はサンキュー ・・いい気分転換になったよ」 珍しく素直に気持ちを表現する内村を、南原は切ない瞳で見た。 そして静かに言った。 「・・・・無理はすんなよ・・・絶対無事で戻って来いよ・・・」 内村は一瞬言葉に詰まったように南原を見つめた。 そして唇を噛みしめてうつむいた。 「・・・ああ」 すると南原は慈しむかのように内村の背を優しく抱きしめた。 「俺、旅先で出会った人たちと別れる時はいつもこうやるんだよ。 互いにいつまた会えるかどうか分からないから・・・・」 耳元に南原の声を聞きながら、内村は辛そうに瞳を閉じた。 そして哀しげに眉を寄せると南原の背を強く抱きしめ返した。 「・・・内村?」 少し驚いた表情の南原に、内村が瞳を閉じたままつぶやく。 「・・・覚えておくよ。おまえのこの体温・・・」 内村は南原の背から腕を離すと、うつむいたまま車を降りた。 そして振り返らずそのまま一人マンションに入っていく。 南原は彼のうしろ姿が見えなくなるまで車の中で見送った。 南原の耳にはあの潮騒の響きがまだ聞こえていた。 果てしなく広がる海・・・ おれたちはどこまで行くんだろう? ・・・行けるんだろう? |
| witten by MANA |
| 麻奈様からのあとがき |
| もしもふたりが幼なじみだったら? なんて話ですが照れますね・・・ 書きながら「おいおい、ふたりはお笑い芸人だぞ 目を覚ませ〜!」と自分に何度もつっこんでました(笑) いつものことですけど・・・ ちなみに私マッターホルンは反対なんですが 内村さんの気持ちも分からないではないんです。 (おまえなんぞにわかるかと言われたら返す言葉もないけど) でも滅茶苦茶心配しながらも内村さんの意志を尊重して 黙って見守ってる南原さんの気持ちを思うとそっちも 辛かったりして・・・ |
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