「・・・でね、そうやって空をどこまでも飛んでいくんですよ。 気持ちいいんですよ・・・」 コントの収録の合間、健が昨日観たという映画について 話していた。 まるで夢のようにファンタジックなヨーロッパ映画の話だった。 「すげーよかったなぁ〜」 健はまだその余韻が自分の中に残っているかのような表情で 小さくつぶやいた。 「ふーん、あーゆーの好きなんだ・・・」 南原は古びたパイプイスに寄りかかりながら、ぼそっと言った。 健が目を輝かせる。 「うん、あーゆー世界に行きたいと思いますもん」 南原がテーブルの上の紙コップに手を伸ばす。 「・・・で、あの竜みたいなのに乗りたいんだ?」 「うん、俺、あの竜飼いたいって思ったもん」 「そっかー」 南原が紙コップのウーロン茶を飲み干す。 そして少しの間言葉を止めると、再び健に目をやった。 「・・・でもな、あれは作りもんなんだよ」 そのからかうような南原の言葉に、健が思い切りふくれる。 「あっ! 夢を壊したーっ!!」 「あれな、CGってんだ」 南原が軽く笑ってたたみこむ。 「あと、あの竜の後ろには青い布が張られてて、あとで合成 撮影して・・・おまえもさんざんテレビでやってんだからみんな 知ってるだろ?」 健が思わずイスから立ち上がる。 「ひっで〜っ南原さん! せっかく人が純粋に映画を楽しんで たのにー! 世の中には分かってたって忘れていたいもの あるんですよ!」 「だってさ・・・」 思った以上に怒りだした健に、南原が頭をかいてうつむく。 「ったく、デリカシーのない人だなぁ・・・・・内村さ〜ん!」 健は「叱ってやって欲しい」とでもいいたげに、テーブルの 反対側の内村に目をやった。 しかし内村は満面の笑顔で笑うばかりだった。 だがそんな南原もさすがにコント収録の時は真剣であった。 一心に演出家の話に耳を傾け、アドバイスの一つ一つに頷く。 それは健が演出の場合も同様だった。 その日もマンガの中から出てきたような派手なミニスカートに つめものだらけのインチキな女装姿のまま、南原は健の演技 指導に聞き入っていた。 健も刈り上げのおかっぱ頭にミニスカート姿のまま、真剣な 表情で南原に語りかける。 「いや、南原さん、『あいつったら!』って言ってる時の仕草は もっとこう・・・」 健が腕組みをして色っぽく体を揺らす。 「で、そのあともう少し間を空けてから、『ひょーきんだっつーの!』」 南原は真面目な顔でうなずく。 そして本番。 男性教師役の原田のあとを追うように、南原は意味もなく空に 飛んでいった。 収録が終わっても天井からピアノ線でつり下げられたままの 原田と南原。 二人のマヌケな姿を見上げ、皆笑った。 しかし健だけはほんの少し切なげな表情で二人を見上げていた。 スタジオの天井にはぎりぎりまでベニヤ板で青い空が 描かれている。 健はその空を見つめたまま誰にも聞こえないような小さな声で つぶやいた。 「・・・空・・・飛びたいな・・・」 その日の収録はいつものように深夜を回っても続けられた。 最後のコントを撮り終えた後の心地よい疲労感と充実感・・・ そしてかすかな淋しさ・・・ 皆メイクを落とし、お疲れさまの言葉を互いに交わし合いながら スタジオを出ていく。 「よお!」 玄関に向かってゆっくりロビーを歩いていた健は、ふと後ろから 誰かに声をかけられた。 振り向くと南原だった。 「なんですか? 南原さん」 健が不思議そうな顔をすると、南原はちょっと笑った。 「・・・おまえ、さっき『空を飛びたい』って言ったろ?」 「・・・・・・」 健は南原のあまりに唐突な言葉に目を丸くした。 そして今日の空飛ぶコントを思いだし、いぶかしげに首を傾げた。 「・・・あれ・・聞こえたんですか?」 「聞こえた」 南原がぽつんと言う。 「・・・だからなんだって・・・」 すると南原はさらりと言った。 「ん? 町はずれに空飛ぶジェットコースターがあるんだ。 乗ってみないか?」 それはまるで新しく出来たカラオケ店にでも誘うような口調だった。 健はぽかんと口を開けて南原の顔を見た。 「・・・南原さん、しっかりして下さいよ! 疲れて壊れちゃった んですか?!」 南原は苦笑して、片手で健の頭をくしゃくしゃとした。 「いや、ただの深夜の遊園地だよ。気晴らしにちょっと乗って みるかって話・・・」 健は乱れた髪を迷惑そうに直しながら一瞬迷った。 (深夜営業の遊園地?・・・今はなんでもあるんだな・・・) そして少し考えると、もったいぶったように大きくため息を ついた。 「・・・しょうがないなぁ・・・つきあいますよ」 南原は玄関を出ると、何も言わず海辺の埋め立て地に向かって 歩いていった。そのあとを健が歩いていく。 二人とも特に話すこともなかった。 深夜のお台場。 遠くきらめく夜景。 辺りには夏の終わりの高原のようなひんやりとした風が吹いていた。 二人はひとけのないしんとしたアスファルトの道をずっと歩いていく。 道はかすかに上り坂になっており、まるで夜空に向かって 続いているかのようだった。 (だけど、なんであんな小さな俺の声が聞こえたんだろ・・・) 健はふと思ったが、なぜか照れくさくて聞くことが出来なかった。 二人はやがてそのゆるやかな坂道を上りきった。 坂道の向こうは銀色のススキが波打つ、広々とした空き地だった。 その空き地のはずれには木造の小さな駅があった。 まるで高原の無人駅のような、人影のない駅の階段を南原が あがっていく。 「こんなとこに駅なんかありましたっけ?」 不審そうに駅を見つめる健の言葉に、南原が振り返る。 「この時間だけなんだ、あいてるのは」 「この時間?」 健が腕時計を見ると、深夜の1時55分。 「この時間だけ?」 「そう」 南原はそのまま振り向きもせず、駅のホームを歩いていく。 健は肩をすくめ、仕方なく階段を上がった。 そして二人は小さなホームに並んで立った。 駅名が書かれているはずの木造の板には何も書かれていない。 ホームの下には線路もない。 「これ、何駅?」 健が辺りを見回す。 「名前はない」 南原が言う。 お台場の夜景はもう遥か遠くに霞み、ただ風がススキの原を 渡っていくばかりだ。 「南原さん・・」 健はなぜか妙に寂しくなり、隣の南原を見上げた。 南原は少し微笑んだ。 「もうすぐ来るよ」 そして南原は腕時計を見ると、再び健を見た。 「星、十個数えるんだ」 健は不思議そうに南原を見返すが、南原はもう夜空を見上げて 星を数えていた。 健も見上げてみると、いつのまにか夜空はつややかな漆黒に 変わっており、宝石のような星星がぎっしりと輝いていた。 「すっげー・・・」 思わず健がため息をつく。 そして、深い夜空にひきこまれるような表情で星を数え始めた。 南原は健が星を十個数え終わるのを待って言った。 「今度は3回深呼吸して」 健はもう素直に深呼吸していた。 すると遠い西の夜空、銀色に輝く厚い雲の波間から 焦げ茶色の旧式の汽車が小さく見え始めてきた。 「うそ・・・」 健は信じられないと言ったように小声でつぶやいた。 汽車は見る見るうちに駅に近づいてくる。 そして音もなくホームに横付けになった。 「?」 健が南原を見つめる。 すると南原は自分のポケットからガムを取り出し、 健に一枚渡した。 ガムの包み紙を見ると、ブルーグレーの地に小さなペンギンの 絵が並んで描かれている。 そして裏にはPEPPER MINTの文字。 「なんですか、これ・・・」 「切符だよ」 南原はすまして言うと自分も一枚取り、汽車のドアを開けた。 中には青いビロードのシートが進行方向に向かって並んでおり 南原は奥の席にすとんと腰掛けた。 そして戸惑う健に軽く手招きした。 健は一瞬呆気にとられたような顔で躊躇したが、ごくんと 息を飲んで汽車に乗り込んだ。 するとドアが自然に閉まり、ゆっくりと汽車は動き出した。 音もなく動き出した汽車に健が驚くと、南原は言った。 「前方のバーをちゃんと握って!」 見ると目の前に木造のバーがある。 健は反射的に両手でそのバーにしがみついた。 すると汽車はそのまま静かにススキの原を走り出した。 しかしその汽車は次第に速度を増すと、徐々に前方の車体を 宙に上げていくのだ。 「え?・・・な、なに?これ・・」 あわてる健を乗せたまま、汽車はゆっくりと夜空に向かって 飛び立っていく。 「な、南原さーん!」 健がバーにしがみついたまま不安そうにとなりを見ると 南原もバーにしがみついたまま小さく笑った。 「大丈夫」 「だ、大丈夫ってこーゆーの、ホントはメッチャ怖いくせにー!」 「大丈夫」 南原は無理に笑って同じ言葉を繰り返す。 本当は怖いくせに見栄を張っているのは丸見えだった。 健は思わずくすっと笑った。 汽車はやがて雲を突き抜けると、星星の間をまるで ジェットコースターのように自由自在に飛び続けた。 最初はぎゅっと目をつぶっていた健も、慣れてくるとゆっくりと 目を開けた。 窓の外、勢いよく飛び去っていく星星。 時折スピードを緩めたときに眼下に見える、宝石箱のような 東京の夜景。 開け放された窓から入ってくる夜風が心地よい。 「どう?!」 風が強くて聞こえないから南原が大声で尋ねる。 「最高!」 健も大声で返す。 健の返事に南原が嬉しそうな笑顔を浮かべる。 汽車はさらに上空に向かう。 健は南原の耳元で大声で叫んだ。 「南原さん、これどこまで行くの?!」 「わかんない!」 南原が答える。 一応怒るべき返事なのだろうが、健は再び笑ってしまった。 南原さんらしいや、と。 汽車は果てしない夜空をどこまでも飛び続けた。 空を飛べたら・・・・ なんだ、南原さんも思ってたんだ・・・ 翌朝、健は自宅で目を覚ました。 いつのまにここに帰ってきたんだろう。 気がつくと洋服のままだ。 健はゆっくりとベットから体を起こし、首を傾げた。 「・・・汽車?・・・空飛ぶ汽車?」 遠い記憶に残る、輝く星星。バーの感触。 「なんだ、変な夢見たなぁ・・・」 健はベットに腰掛け、頭をかいた。 そしてふと思いつくと、ジーンズのポケットを探った。 「まさかね・・・」 するとポケットの中から手もつけてないペパーミントのガムが 一枚出てきた。 健はそのガムを見つめたまましばらくぼんやりしていた。 そしてふいに悔しそうに笑った。 「・・・ちきしょー・・・ほんとだったんだ・・・」 銀色の包み紙をはずしてガムを口にすると ペパーミントの香りとともに、一瞬あの美しい夜空が 見えたような気がした。 |
| written by MANA |
| 麻奈さまからのあとがき |
| HARUさんに「どんな小説がいいでしょうかねぇ〜」と聞いたら 「ホリケンは?」と言われて、「あ、面白いかも」って書きました。 ホリケンのこと、よく知らないのに書いてます。すいません。 ホリケンのあの独特の感性をかけたらよかったんですが 力及ばずと言った感じ。 出だしに出てくる映画は全くの架空のものなんですが 南原さんがからかう部分は「ソムリエ」の鈴木蘭々さんの回の パクリです!(堂々と言うな!) 空飛ぶジェットコースターの話は南原さんが以前つくった曲の 詞、そのまんま。大好きなもんでつい・・・ |
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