書の歴史19/北宋の書(5)

米芾(1051-1107)
字は元章。
高級官僚として各地を歴任したが、
先の蘇軾、黄庭堅が進士であるのに対し、彼は縁故関係で官僚になっている。
書画に通じ、鑑識にも通じ多くの名跡を収蔵した。
異常に近い潔癖症であり奇行も多かった。
蘇軾の行雲流水、黄庭堅の超逸絶塵、米フツの天性自然と言われるように、
三者三様である。
米フツの書は平淡天真とも言われ、気取らないで自然さに特徴がある。

楽兄帖(1094)
友人への返書である。
閑職の身になった顛末と心境を淡々と述べている。

楽兄帖臨書



チョウ(草冠に召)渓詩巻(1088)
米フツ38歳の作、既に彼の特徴である左傾が出ている。

チョウ(草冠に召)渓詩巻臨書


送提挙通直使詩
友の旅立ちに送った詩の一節。
一字一字に風韻が篭る。

送提挙通直使詩臨書
三呉有丈夫気欲呑海水



蜀素帖(1088)
蜀で織った絹に自作の詩を書いた書いたものである。
乾隆の手元有ったこともあり、現在は台湾故宮にある。

蜀素帖臨書



拝中岳命作(1094)
閑職につき政務から開放され晴耕雨読を楽しんだ心境を詠っている。

拝中岳命作臨書


致希声我英友尺牘

致希声我英友尺牘臨書
フツ非才当劇咫音敬欠然 此想慶侍




群玉堂帖
南宋になって刻石されたものだが、早い時期に原石は無く、
宋拓のみが残っている。

群玉堂帖臨書



紅県詩巻
米フツが前後二回に亘り遊んだ紅県で作った詩を書した。
彼の最も得意とする大字の書式である。
得意満面の米フツの顔が浮かんで来る。
米フツ最晩年の作と言われている。

紅県詩巻臨書





薛紹彭(?)
古法をよくし、書画の収集家としても名高い。
米元章との親交も深い。
後世、米元章、黄庭堅よりも筆意が高いとの評価もある。

尺牘

尺牘臨書



蔡京(1047-1126)
徽宗の片腕として才腕を振るった。
徽宗に豪奢を薦め自らも贅沢三昧な生活を好み悪評を買ったが、
宋代の文化興隆に課した役割は大きい。
徽宗とは君臣を越した交流であったが、
徽宗退位後は六賊の筆頭に挙げられ配所に赴く途中で病死した。

十八学士図跋(1110)

十八学士図跋臨書



大観聖作之碑額(1108)
聖作とは御製の事である。
徽宗の詔の碑文の題字を蔡京が書いた。
悠々せまらぬ大書だ。

大観聖作之碑額臨書




宋徽宗(1082-1135)
豪奢な生活を営み道教の造営に莫大な費用を注込むなど、
遂には北宋を断絶せしむる政治家としては極めて劣る皇帝であったが、
その北宋文化交流への貢献は歴史に留まる。
詩、書、絵画を成し歴代皇帝中髄一の文化人であった。
彼の編み出した痩金体は中国書道史の一頁を飾っている。

千字文
徽宗22歳の作というから相当に早熟だったのであろう。

千字文臨書



神霄玉清万寿宮碑(1119)
徽宗は道教を崇拝し厚く庇護し、
各地に神霄玉清万寿宮を建立した。
その由来を御筆し石刻し碑本を全宮に配った。
彼の痩金書の典型と言われている。
良く整った字形、線筆の鋭さは彼の非凡さを立証している。

神霄玉清万寿宮碑臨書



秋花詩
絹本に書かれた大字の痩金書

秋花詩臨書




引用文献
講談社刊:古筆から現代書道まで墨美の鑑賞
東京書道研究院刊:書の歴史
芸術新聞社刊:中国書道史
木耳社刊:中国書道史(上卷)(下巻)
二玄社刊:中国法書選
芸術新聞社刊:中国書道史の旅
大修館書店刊:漢字の歴史
平凡社刊:字統
平凡社刊:名筆百選
講談社刊:古代中国
創元社:書道入門
平凡社:書道全集第8巻、第10巻
講談社:現代書道全集
二玄社:書の宇宙


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