書の歴史15/五代十国・北宋の書(1)

さしもの唐帝国の安史の乱以降弱体化の一途を辿り、
9世紀後半には中原に5王朝が興亡した。
中原の五代王朝の支配権外の各地に於いても各処に独立政権が誕生し覇を唱えた。
これが十国である。
自給自足が原則であった荘園制度が崩れ、
各地にその風土に合った特産物が生産され、
茶、陶器、書道具などの名産地が出現し出した。
澄心堂紙、李廷珪墨、歙州硯などが名高い。
もう一つこの時代の特記すべきは印刷術の普及である。
印刷の普及が書籍の普及をもたらし文化の発展に大きく貢献したのである。


楊凝式(873-954)
随時代からの名門に生まれ、
その見識の高さ文化的素養の深さから五代の諸王朝に厚遇された。
本人は仕えるのを好まなかったのであろう。
楊風子(風子は狂人の意)と呼ばれ、常に狂人を装っていたと言う。

後の蘇東坡、黄山谷、米フツが彼の書を絶賛している。

韮花帖
白紙に書かれた行書っぽい楷書の手紙。
文中に韮花とあることから韮花帖と呼ばれている。 

韮花帖



北宋の書
五代の分裂の時代が終わり強大な王国が出現する。
後周の司令官であった超匡胤が建国した宋である。
約320年間続くが、
現在の開封に都があった168年間を北宋と呼び、
臨安(現在の杭州)に移っての152年間を南宋と呼ぶ。





李建中(945-1013)
宋代の初期において五代の楊凝式以来の第一人者とされた。
上品謙虚な人物で公に出るよりも静かに詩作するのを好んだ。

蘭亭(言ベンに燕)飲詩
肥でありながら肉を余さない筆法は、
豊肌な美女のの清秀な神気とも言われた、と言う。

蘭亭(言ベンに燕)飲詩



王著(?-990?)
淳化閣帖を編した。
書道史上に残した功績は偉大である。
彼の書のそのものは歴史の残るものでは無かったようだ。

范仲淹(989-1053)
北宋の新しい文化を代表する新進気鋭の文化人であり、
高潔な鉄人政治家として知られる。

私は洞庭湖の畔にある岳陽に一年程滞在したことがある。





三楼として名高い岳陽楼の中心に燦然と輝いて収まっているのが范仲淹の記した岳陽楼記である。

先天下之憂而憂
後天下之楽而楽

彼のこの名文は天下に轟き、
わが国の明治の元勲達の政治理念の規範とされた。




道服賛
書人としての名声はそれ程では無かったのであろうか、
一般に見られる彼の書は少ない。

道服賛


林逋(967-1028)
恬淡な人物で名利を欲せず西湖の畔に隠栖し20年もの間、巷との折衝を絶ったと言う。
その一塵の俗気のない人物の清高さに当時の人々に崇められた。

雑詩巻
彼の友人が庵を訪ねた時に、病中にも拘らず送った詩。

雑詩巻

この字も今回始めての臨書であったが、心に留まった一書である。

引用文献
講談社刊:古筆から現代書道まで墨美の鑑賞
東京書道研究院刊:書の歴史
芸術新聞社刊:中国書道史
木耳社刊:中国書道史(上卷)(下巻)
二玄社刊:中国法書選
芸術新聞社刊:中国書道史の旅
大修館書店刊:漢字の歴史
平凡社刊:字統
平凡社刊:名筆百選
講談社刊:古代中国
創元社:書道入門
平凡社:書道全集第8巻、第10巻
講談社:現代書道全集
二玄社:書の宇宙


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