書の歴史13/盛唐の書

唐の中興を成し遂げた玄宗の開元時代は比較的長期に安定した穏やかな時代だった。
平和と豊かな時代背景から文学芸術面でも自由と清新の風潮が芽生えた。
賀知章、張旭などの自由奔放な草書、
王羲之からの古い伝統を脱した李ユウの行書、
王羲之の流れを汲む造形美追求から、
人間性の解放を主張するロマンチシズムへの転換が起こり、
遂に革新書風の頂点として顔真卿に至るのである。


賀知章(659-744)
杜甫の飲中八仙歌に李白、張旭、と共に、
「知章騎馬以乗船 眼花落井水底眠」と歌われている。
相当の酔客だったようだ。
李白等とも通じる浪漫主義への共鳴だったののだろう。

孝経(?)
先述の孫過庭の書に見られる伝統的な書風に比べ明らかに新書風への胎動が見られる。
濃淡、大小などが気侭に入り込んできた。

孝経
刑于四海蓋天子之孝也



李ヨウ(678-747)
行書によって唐代の最盛期の文化を支えた人物だ。
若年からその才名を知られていたが、
豪奢放縦の性格から浮沈の生活が多く最後は獄死している。

李思訓碑(720)
李ヨウの行書の代表作である。
細身の右上がりで豪快奔放、そんな中の入筆やはねに粋を感じる。
当時の中国でも粋な人も居た筈、そんな一人かも判らない。

李思訓碑


麓山寺碑(730)
これも彼の行書の代表作である。
後世の多くの批評家はこちらに軍牌を挙げる人が多い。

麓山寺碑




玄宗(685-762)
高宗時代からの乱れた綱紀を粛正し開元に治世を築いた。
しかし、晩年は政治に倦み安禄山の乱を招く。
ここに中国四大美女の一人、楊貴妃が登場する。
国を傾けた女として、西施と並び、すこぶる評判は悪い。
華清池、玄宗最盛期の頃、
楊貴妃の為に造ったと言われる別荘が整備され一般に公開されている。
楊貴妃が夜な夜な使った温泉と言うが、
如何なものであろうか。
余談だが、
逃げ延びた楊貴妃は日本の長門地方に辿り着いたという伝説が残っており、
楊貴妃の墓なるものもある。

 

 


石臺孝経(745)
玄宗は隷書、行書、草書をよくしたが、
特に骨太な隷書には情感が篭っている。
絢爛豪華な当時の生活振りが覗える豊かな艶やかな字だ。
西安の碑林に現存する。
晩唐の革新書風の先駆けとも言われる。

石臺孝経




張旭(?)
生卒も経歴も明らかではないが、
書人、奇人としての名は生前から知れ渡っていたらしい。
杜甫の飲中八仙歌の一人として李白、賀知章等と共に登場している。

郎官石記(741)
この楷書の郎官石記だけが彼の真作として残っているのは興味をそそる。
狂草の張旭と言われながら、
張旭の草書で真偽の明確なものは無い。
何処か顔真卿の匂いが漂う。
顔真卿の書の師と言われるせいだろうか。

郎官石記

古詩四帖
今までの草書とは全く趣が異なる。
いわゆる、酔書、狂書である。
筆を立てたり寝かしたり捻ったりしているのであろう。
酔狂でありながら見事なバランスを保っている。
潤滑、太細のバランスはお見事だ。

古詩四帖
区中実譁?喧既見浮


肚痛帖(?)
狂草として懐素の自叙帖と共に名高い。
何よりもリズム感、それも深い。
深度がある。
大胆に字が書ける時代が到来したのだろう。
王羲之や鄭道紹に見せた上げたい。

肚痛帖
冷熱倶有益如何為計




懐素(725?736?〜?)
無類の酒好きで興に乗ると壁、衣装、器具など至る所に書きなぐり、
狂僧と呼ばれた。
幼少から書を好んだが極貧であったため紙が買えず、
芭蕉の葉に書いては消し書いては消し、
遂には葉に穴が開いたという。

自叙帖(777)
古法草書の代表は王羲之、
新法草書の代表はこの自叙帖と言われる。
気のおもむくままに一気に書いたに違いない。
スピード感が迫ってくる。
書き始めのせいだろうか、よくよく眺めると、
スタート台に立った走者の息遣いが聞こえてくる。
焦る気を、抑えて抑えて、だろうか。

自叙帖
懐素家長沙幼而事佛経禅之


苦筍帖
「すこぶる佳い苦筍とお茶が手に入りました、お見えになりませんか」
気楽に書いた案内状とて無意識なのであろうが、
隅々まで神経が行き届いている。
強弱大小の筆致は自然体、心の篭った案内状だ。

苦筍帖
苦筍及茗異常住乃可逕来懐素上



聖母帖
女仙人聖母祭る廟祀改修記録である。
彼女は何時も青い鳥を連れて居り、盗難があるとその鳥が盗人の頭に止まったと言う。
それにしても、愛という字の何といとおしいことか。

聖母帖
脱異俗流鄙遠塵愛



食魚帖
ただただ、紙に向かい合って、ひたすら縦横無尽に筆を運ぶ。
そんな姿が蘇って来る。
無心に書いているのであろう。

食魚帖
長安城中


草書千字文(799)
別名を千金帖とも言う。
千金に値すると言う意味だ。
行間、文字の大きさも一定せず、それで居て妙な落ち着きがある。
枯淡の味は晩年の境地か。
臨書していると、粘り強さも感じてくる。

草書千字文
天地玄黄宇宙洪荒日月





徐浩(703-782)
粛宗の寵愛を受け皇帝の勅旨の殆どは徐浩の手にななったという。
古来、書人としての人気は今一つであるが・・・


朱巨川告身(768)
律令制において、位階を授けるときに与える文書を告身と言う、位記とも言う。

朱巨川告身



崇陽観聖徳感応頌(744)
玄宗の書に似ているが、何処か変化が乏しいく物足らない。
玄宗の石臺孝経に見られる艶やかさを感じない。
と思ったが、臨書してみると仲々変化があって面白い。
あちこちに工夫の跡が見られ、何処かに、所謂、ヒネリがある。る。
見ると聞く?書くとでは違うのだ。

崇陽観聖徳感応頌



不空和尚碑(781)
後述の顔書の特徴である向勢が見られる。
顔眞卿の生没からして徐浩が顔眞卿の影響を受けたのであろう。

不空和尚碑




引用文献
講談社刊:古筆から現代書道まで墨美の鑑賞
東京書道研究院刊:書の歴史
芸術新聞社刊:中国書道史
木耳社刊:中国書道史(上卷)(下巻)
二玄社刊:中国法書選
芸術新聞社刊:中国書道史の旅
大修館書店刊:漢字の歴史
平凡社刊:字統
平凡社刊:名筆百選
講談社刊:古代中国
創元社:書道入門
平凡社:書道全集第8巻、第10巻
講談社:現代書道全集
二玄社:書の宇宙


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