書の歴史・日本編3/平安時代中期

平安初期に、空海、橘逸勢、嵯峨天皇を経て、
大陸風の力強い書風に日本の風土に立脚した優雅典麗さが加わり、
かくて芽生えた新しい書風は小野道風を以って完成を見る。
その道風に傾倒した藤原佐里、更に藤原行成、
この三蹟を以って辿り着いた上代様は、
この時代独特の書風で他の時代とは一線を引く。



小野道風・智証大師謚号勅書


小野道風(894-966)
藤原佐里、藤原行成と共に三蹟の一人。
道風は当代一の能書家として名を馳せていたが、
官吏としては恵まれなかったようである。
道風の書は後世に至るまで手習いの手本として重宝された。

この書は、朝廷が円珍に智証大師を謚号した時の勅書である。
王羲之の骨格に和流が芽生えている。



小野道風・紅線毬

当時、白居易の白氏文集が平安貴族の間で愛好され、
如何に美しく、豪華に書くかが競われていたであろう。
そんな中に有って、自信に溢れ、気宇雄大な道風の書は、
宮廷内で持て囃されていたに違いない。

紅線毬擇繭繰絲



小野道風・常楽里閑居詩

これも白氏文集の一節である。



小野道風・屏風土台

屏風土台とは屏風に清書する前の下書きのこと。
ところどころに、道風自らの推敲の後が見られ、
興味深い。
道風35歳、油の乗り切った最盛期の作。



伝 紀貫之・寸松庵色紙

紀貫之(861-946?)
寸松庵は元大徳寺龍光院の境内にあった佐久間将監の茶室で、
庭一面に小松が植えられていたことにちなみ名付けられた。
「古今和歌集」の四季の歌が書かれている。
「継色紙」「升色紙」と一緒に三色紙と呼ばれ、
平安時代を代表する名筆とされる。
気品に溢れ、高雅である。
流麗な躍動の中に紙を切る力強さがあり、絶妙なバランスを保っている。
紀貫之書と伝えられるが確証は無い。

よしのがはきしのやまぶきふくかぜにそこのかげさへうつろいにけり



伝 小野道風・玉泉帖

趣くままに筆を運んでいる。
肥痩潤渇に富み立体感の有る書だ。
「玉泉・・・」から始まるので玉泉帖と呼ばれる。

(更興留連飲両)盃猶有一(般孤)負事



伝 小野道風・三体白楽天詩巻(楷書)

小野道風の楷書は珍しい。



伝 小野道風・三体白楽天詩巻(行書)

謹厳そのもの。
幽居竹邊池莫道両都空有



伝 小野道風・三体白楽天詩巻(草書)

先の玉泉帖に似た筆法で、自由奔放である。

草緑無住句虚臥春



伝 小野道風・継色紙

粘葉装の冊子本の断簡である。
見開きの左右に色の違う鳥の子紙を使い、2頁に渡って歌一首を散らしている。
継紙とは種類や色の違う紙を、切継、重継、破継などの技法を使い、
糊で継ぎ合せて色や形の変化の美しさを求めた、書写の料紙である。
西本願寺本三十六人集がその代表である。
荘厳、枯淡の境地が覗える。

おほぞらのつきのひかりしさむければかげみし水ぞまづこほりけり



065藤原佐里・詩懐紙(969-969の間)

藤原佐里(944-998)
小野道風、藤原行成とともに三蹟の一人。
署名の官職から佐里23歳から26歳の間の作と知れる。 
この若さでかかる筆跡を示しているのは、流石、三蹟の名に恥じない。
「桜」字などに見る如く、流麗で活き活きと躍動している。 
若々しい青年の面影をも感じる。
現存する懐紙としては最古の物で、史料価値も高い。
(「懐紙」とは漢詩、和歌などを一定の書式に則って書写したものを言う。)

水紅桜光



藤原佐里・恩命帖


意の趣くままの筆の運びに何の躊躇いも無い、
天から授かった才であろう。

戦々抑彼箭事一日以亜将返報



藤原佐里・離洛帖(991)

前書もそうであるが、残された佐里の書状には、
言い訳、詫びの内容のものが多い。
官吏で有りながら政治音痴、粗忽で世間知らず、
そんな人物像を浮かび上がらせる。
それにしても見事な草体、奔放自在を極め、
かつ、意図的とは思えない卓越したバランス感覚、
天分であろう。

動静恐鬱之甚異於在都之日者也



藤原佐里・離洛帖(991)

唄っている様でもあり、踊っている様でもある。
なんとも爽快だる。

一定著府之



藤原佐里・頭弁帖(992?)

(謹言頭辨昨日参閣之由)伝承(侍)



藤原行成・白楽天詩巻(1018)

藤原行成(972-1028)
一条天皇、及び、時の権力者藤原道長に信任され、
蔵人頭(天皇の首席秘書のようなもの)として活躍した。
清少納言の枕草子にもしばしば登場する。

特に能書家として知られ、三蹟の一人。
華やかで骨太の小野道風、流麗奔放な藤原佐理、
藤原行成が両者の長所を生かし、
かつ均整のとれた温和な書風として完成させた、
これを上代様と言う。
書道世尊寺流の祖。

月好無伝唯此夜(閑皆道是東都)



藤原行成・白楽天詩巻(1018)

巻末に行成自身の奥書がある。
曰く、
「筆を借りて書いたので思うように書けていない。
後世の人はこれを見て笑わないで欲しい」

白雪吟時鈴(閤故情新)



072藤原行成・詩集断簡

本能寺に伝わる事から本能寺切れと呼ばれる。

垂釣者不得魚暗知浮遊(之有意)



藤原行成・書状(1020)

為礼為義(来賀有数)



伝藤原行成・親王位起草案

中務地居磐石



伝藤原行成・仮名書状

(御物まうでのほどにそも)
おもうさまなる御よろこびを



伝藤原公任・十五番歌合

藤原公任(966-1041)
漢詩・和歌・管弦の三舟の才を謳われた。
「和漢朗詠集」、「三十六人撰」の撰者。
三十六歌仙形式の創案者である。
歌集、歌論が多く残る。
百人一首にも、
滝の音は たえて久しく なりぬれど
名こそ流れて なほ聞こえけれ
がある。

あまつかぜふけいのうらにいるたづのなどか
くもいにかへらざるべき(ざるべき)



伝源兼行・平等院鳳凰堂色紙形(1053)


源兼行(1024-1074)
藤原行成と並び当時の能書家として名をはせた。
当時、大寺院の扉への揮毫は一代の名誉であった。
彼が如何に当時の能書家であったかを物語る。
昨今の研究で、平等院鳳凰堂色紙形の作者は、
源兼行にほぼ間違いないとされているが、



藤原伊房・藍紙本万葉集

藤原伊房(1030-1096)
藤原行成の孫。
皇族の主宰する大行事の清書役を務めた記録が多く残っている。


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引用文献
講談社刊:古筆から現代書道まで墨美の鑑賞
講談社:日本の書
東京書道研究院刊:書の歴史
講談社:日本書跡全集
大修館書店刊:漢字の歴史
平凡社刊:字統
平凡社刊:名筆百選
創元社:書道入門
平凡社:書道全集
講談社:現代書道全集
二玄社:書の宇宙