桂林駅の真ん前の新城市酒店、1泊90元を3泊240元。
TV、電話、タブ付き風呂、冷蔵庫付き、可愛いいながらも気の利いたセット。
パソコン通信仲間の桂林ツアーと明日ここで落ち合う事になっている。
もう、半月以上音信が途絶えているので、当初計画が怪しい。
その引率者が謝夢さんだ、その謝夢さんに電話するが通じない。。
通り掛かりに好物の若鶏の空揚げを見付けて、ついフラフラと立ち寄る。
汚い店だが、ビールが美味しい。 が、早速腹を痛める。
次々に客引きの男や女が寄って来る、昔の日本でよく言ったポン引きだ。
何人目かに、きちんとした身なりの、顔付きの整った女のポン引き、一寸、からかって見た。
「あんたならいいよ、(あんたさえいれば、他は要らない)(中国語で"只要ニイ可以")」、
女は顔を紅潮させて、しどろもどろに何か言って離れて行った。
食べるものが無い、
重いラーメンポットをリュックに忍ばせてきたのに、コンセントが合わない。
散々探して見つからない。
西洋料理の看板の出ているホテルの料理店に入りスパゲティを注文したら、無い。
仕方なく、辣無し、油無しのうどんを頼んだら、ウエイトレスが、大声で、
「辣無し、油無し...だってよう..」。
と笑いながら調理場に伝えている。
伏波山公園、柱のような小山を登り切ると桂林の街が一望、一人占だ。


漓江が岩山と街並みで入り組んだ桂林を突っ切っている。
水と岩山と街並みが不思議と調和している。
地下の穴倉から水辺にでると、案山子?と鵜、案山子は多分観光写真用だろう。

早いものだ、6、7年前に或る学会に出席する為に此へ来た時、
やっと抜け出して漓江下りだけはやったが、桂林は殆ど歩いていない。
その時、船で知り合ったKさんが、
「陽朔で1週間ほど過ごします」
とても羨ましかった。
今回はその陽朔で2、3日過ごす予定だ。
橋の袂の店、以前李岩が案内してくれたことが有る店だ。
魚が美味い、やっと食事らしい食事に有り付けた。
今日も、あちこちコンセント探したが見つからない。
結局謝夢さんとは連絡が取れなかったので、一行の計画が定かでない。
上海からの便を調べ、皆の着く頃を見計らい、観光大酒店へ着いたものの、
カウンターの応対が曖昧でサッパリ要を得ない。
1時間待って、あと1時間、あと30分で戻ろうとしたら、やっと現れた。
蝙蝠林さん、らめーるさん、ごんたさん、キャロットさん、
えーさん、花より団子さん、凡人さん、シャムさん、
等々懐かしい顔顔、皆元気一杯だ。
皆お腹を空かしているようだ、わき目も振らないで食堂へ直行。
皆さんがモリモリ食べているのを横目で眺める。
そんな光景を見ているだけで、
「来て良かった、待ってて良かった」
と思う。
お互いにボード上で知り合っただけの仲間なのに百年の知己のようになってしまう。
過去に拘わり無く、誰もが対等の成す所以だろう。
何のことは無い、あれだけ探したコンセントはホテルに有った。
ビール二本に振掛けご飯だ。
7時起床、8時皆さんと合流、バスで50分で漓江下りの船着場へ。
以前来た時、観光船は街中から出ていたが今回は街の大分外れからの乗船、370元。
漓江は素晴らしい、どの瞬間も絵になる。
一刻でも見逃したら取り返しのつかない損をするような気がする。


花より団子さんが、わざわざ、タイラオス記のコメントのコピーを持参してくれた。
印度で発掘された遺跡の新聞の切り抜きも。
印度も行ってみたい所の一つだ。 もう少し若ければ飛んで行くのだが..
一昨年、滞在した岳陽の同窓生のWは、
当時、英語教師だったイギリス人のJと恋に落ち、
最近、印度の最北、カラコロム山脈の麓の街で結婚式を挙げた。
今頃、印度の村村を廻っている筈だ。 若い人が羨ましい。
蝙蝠林さん、えーさんは専ら国際交流だ、相手はベルーギー人の一団。

蛇の入った酒を売りに来た、一杯30元。
一寸身体が本調子ではないので蝙蝠林さんが試飲するのを横目で眺める、美味しそうだ。



絵画骨董、船上の売物皆高くて怪しい。
前回、船上で沢山の篆刻を買い込んだが皆粗悪品、碌なものはなかった。
そうそう、何でも1000円、1000円を思い出した。
日本人に手頃な値段設定だが、1000円を中国の貨幣価値に換算すると、
学生街で中華緬が20杯以上食べられる。

あっという間に陽朔、
船着場に着くと、皆あたふたとバスに急かされる。
花より団子さんは一寸の隙を突いて格好の良い衣服を仕入れた。 良い決断だ。
普通、観光地では、何だか騙されているようで買い渋る、
が、後で買っておけば良かったと思う事がしばしば有る。
感と度胸の勝負みたいなものだ。
お金に換えられない想い出が詰まっている事が有る。
騙されたとしても傷は浅いし、騙された想い出もたまには良いものだ。
ホテルの玄関までバスで送ってもらい皆とお別れだ。
一番安い部屋、100元を二泊170元に交渉。
部屋もまあまあ、昨夜の桂林の部屋と変わらない、
庭の広さ、奇麗さは断然こちらが優る。


クリントンや周恩来も泊まった事があるらしく、写真がベタベタ貼ってある。
腹ごしらいにホテルの前の西洋風食堂でスパゲッティをつまみにビールを飲んでると、
真っ黒に日焼けした30がらみの女が話し掛けてきた。
例によって、
「あんた、何処の国の人?」
から始って、カタコトの話、と、ノートを取り出した。
思わず覗き込むと、いろんな国の言葉でメモが書いてある、日本語も2、3有る。
「月亮山、菩薩洞、田舎道のサイクリング、手ずくり食事、とても楽しかった」
云々、このおばさんにガイドしてもらった感想だ。
魅力有るが一日100元のガイド料、相場としては一寸高い気がする。
「5時頃又来るよ、その時まで決めるから..」
離れた席で話し込んでいた二人連れの一人が話し掛けてきた、日本人だ、
「日本人は道義が無いと言うんですよ」
「ハァー?」
「さっき知り合った韓国人の彼が言うんです」
と連れを指差す。
「○○事件の事、知ってます?日本人としてはっきりさせたいんです」
何か一人で日本を背負っているように意気込んでる。
「ハァー?...」
と言いかけると彼はあたふたと席に戻る。相手は沈着冷静そうな男だ、
「彼には彼を説得出来ないだろう」
が、応援する気にもなれない。
一休みして、ホテルを出る。
玄関から門まで池を挟んだアプローチ、周囲の植木の手入れも行き届いていて心地よい。
相前後した日本人女性の二人連れにさっきのおばさんが襲い掛かる。
二人も例のノートを覗き込んでる。 興味が湧いたようだ。
「三人で幾ら」
おばさんに中国語で聞いて見た。
「200元でいいよ、あんた、二人に交渉して見てよ」
その旨、二人に告げると、
「面白そう! 行ってみましょうか!」
明朝10時、おばさんのガイドで陽朔近郊のサイクリング決行と決まる。
「有難う」
おばさんが私に礼を言う。
陽朔の街をぶらつく。
底辺よりも高さの方が高い茸が生えているような
100m位の小山が彼方此方にニョキニョキ飛び出している。
その山の一つをぐるりと廻って見た。

漓江に面している側に出ると公園になっていて入園料を取られる。
戻るのも癪で入園する。
眼下に漓江を眺める景色は抜群、帯と言う字の草書が大きく岩肌に彫って有る、
有名人の書らしい。
入ったのが5時半、閉門が6時、若い男女が来て何か話し掛けてきた。
良く聞いてみると、
「時間が少ないので私が案内します」
と言ってるようだ。
若い男の方が、先導して一つ一つ見所を案内してくれる。
といっても、半分は、私の余り興味の無い玉石彫刻の山水、これがここの見所らしい。
門を出ると、後ろからさっきの男が駆けてきて私に小銭を手渡す。
時間が少なかったので返金かな、と思ったが、
「お釣です」
そう言えば、お釣を貰うのを忘れていた。 それにしても悪い気はしない。
飯を炊いて食べてメールが打てるところを探しに出る。
一軒目は日本語が出きない。 二軒目で受信だけが出来た。
翌朝は生憎の雨、多分サイクリングは無理だろうが約束だからと、
少し遅れてつくと、二人はもう来てる。
おばさんが合羽を差し出す。 やる気らしい。
合羽来て自転車に乗るのは中学生以来だろう。


舗装された道を少し走って田舎道に入る。
自転車が一台通れる狭い、砂利と泥濘が交互に現れる。
静かな田舎道、長閑な田舎の風景だが、止る事も思うようにならない。
ズボンもずぶ濡れ、やがて着いたのは彼女の家、子供が二人出てきた。
彼女は小さな油揚げのようなものに、餃子の中身のような物を詰め出した。
仲々器用に詰める。
胸に看板をぶら下げた若い男が顔を出す。
鍾乳洞の案内人、公務員だ。流暢な英語を話す。
歩いて2、3分の菩薩洞へ案内される。
人がやっと通れるほどの小さな入口、普通の子供だましのような穴蔵だ、
と思いながら少し奥へ入ると、
凄い鍾乳洞だ。
小さな規模だが、自然のままの鍾乳洞、殆ど人の手が加わっていない。
暗い照明、殆どガイド君の懐中電灯が頼りだ。
複雑に入り組んだ迷路をまさぐり進む。
腰ほどの高さの穴をくぐったり、仮設に近い梯子、鎖で垂直に登ったり下りたり、
足を踏み外すとあの世行きだ。
彼女達も悪戦苦闘、ズボンもシャツも泥だらけ、時々、彼女達の悲鳴が洞窟にこだまする。
ガイドのお兄ちゃんが靴を脱げと言う。
地底湖だ、冷たい水に膝まで浸かりボチャボチャと進む、気持ちが良い。
これほど自然のままの鍾乳洞は初めてだ、今迄経験した鍾乳洞の中で最高だろう。
やがてあの極彩色の照明にブチ壊されてしまうに違いないと思うと残念だ。
彼女の家に戻ると、食事が出来ている。
フライパンにさっき詰めていた餃子のようなものと青菜、
人参、茸、がブツブツと煮上がっている。

油ッ気も少ない、ピーナツ油と味の素と、何とかで味付け。
仲々珍味で美味しい、名前は忘れたがこの辺の郷土料理だそうだ。
暫く休んで、また、自転車、雨が上がって快適だ。
見上げると、そそり立った山の片側にぽっかりと大きいな穴が開いていて向こうの空が見える。
月亮山だ。
近いようで登ってみると、仲々辿りつかない、長い階段を、喘ぎ喘ぎ登り切る。
直径が50m位はあるだろう、中央に立つと丸い岩の天井、自然の造った美形だ。



(左下の人が小粒に見える)
写真を撮ろうとしても余りに大きすぎて全部が入らない。
山頂からの景色も抜群、ゆっくりと腰を下ろす。
入口まで下りるとおばさんが、写真の撮り場所を教えてくれる、
成る程、見事な月の輪の全景が見える。
大きなカシュガルの木が中心になっている公園、
月亮山は2、3人の人にしか会わなかったのに、此処は人で一杯、
竹の筏に立って乗り、川辺の島を一周するのが人気がある。

鶏、梟、猿を伴って写真を撮らせてナンボが頻りに客寄せする。
我々にとっては少しも面白くない、中国人と趣向が違うらしい。
4時間ほどのサイクリング、彼女達も満足そうだ。
e−mailアドレスを交換、麹町に事務所の有るオフィースレディと言ったところだが、勇敢だ。
余程の旅好きなんだろう、良く頑張った。
戻ってビールで乾杯、一旦休んで夕食を一緒にと言う事になる。
目の前で、さっきのおばさんが明日のガイドの客漁りを始める、

相手は白人中年の男女、既に自転車を手にしている。

「今日は駄目だ」
と言う風に手を左右に振りながら帰って行った。
考えて見たら、一回の稼ぎが200元は悪くない。
そう言えば、彼女の家は、近所では目立つ真っ白な新築の立派な家だった。
7時に彼女達と再会、魚が美味しい店に案内してもらう。
保温用のお湯がたっぶり入った大きな器の上に大きな鍋に、
ぶった切りの魚がいろんな菜と一緒にごった煮、細いタケノコ、
これは若干渋味があっていける、ビールの摘まみにぴったりだ。
宿の話になった、驚いた事に、私が二泊170元で泊まってる事を知って、
「ゲー!、私たちは一泊64$よ、クリントンが泊まったとか、
周恩来も泊まったとか、で納得してたのに、酷い!酷い!」
桂林のホテルの旅行社に、
「宿は満員で予約しないと泊まれない」
と脅かされて買わされたようだ。 全く悪質極まりない。
インターネット上ででも、報告してやらねばならない、
等と他人事なのに憤慨やるかたない、
やたら、正義感が湧く。
319
ところが、翌朝、悠々とチェックアウトすると、
1000元の保証金の幾らも戻ってこない。
「おかしいんじゃないの?」
と開き直り、確か100元と書いてあった値段表を見せてもらう。
と、何と、単位が元ではなくて$となっているではないか。
黄色っぽい紙に数字は黒色なのに、$は朱色で書かれてる。
このところ、$の値段表の附いた宿に泊まってなかったので、
つい錯覚してしまったようだ、
スゴスゴと引き下がる。
折角の気分を損なった彼女達に謝らなければ....
それにしても、三つ星で、80元の桂林のホテルと殆ど変わらない部屋なのに、
確かに、手入れの行き届いた庭、雰囲気は抜群だったが。
1000元もの保証料もおかしいといえばおかしかった。
気を取り直してバス乗り場、2時間弱で桂林、ホテルの真ん前に到着だ。
芦笛鍾乳洞。
入口から如何にも観光地だ。
通路ではまだ幼い子供達が竹の笛を売りつける、
一掴み10元、5元、最後は5本出して1元というのを買う。
その後も、「持っている」と言っても体を押し付けて来る。
確かに見事な鍾乳洞だが、
中国人好みの7色の極彩色の照明が折角の自然をぶち壊す。
日本人のグループも交じっている、彼等にはガイドが二三人付いている。
帰りにも笛の押し売りがゾロゾロ、
最後まで付いて来た小学校高学年くらいの女の子に、
「バッキャロー!」
を浴びせられる。
「ケチ!」
位の意味だろうが目を見張る、吃驚だ。
この間の店で魚食べて、今後の予定を練る。
さて、貴陽、龍勝、安順どうするか?
龍勝と言うところに、素晴らしい千枚田が有るそうだ。
周囲には壮族、猫族の部落が点在しているところとか、やたら行きたくなる。
しかし、バスで3時間、乗り換えて1時間、更に歩いて2時間、
タクシー借り切っても2、3時間は山道を歩くようだ。
現在の体調では難しそうだ。
結局、龍勝は諦め、貴陽までの切符を買う。
夜中の12時近くに着く列車しかないが何とかなるだろう。
(後日談:持参した案内書に龍勝千枚田の案内は載ってなかったが、
後で何かの機会に見た龍勝千枚田の写真の素晴らしさに唖然とした。
中国でも1,2を争う千枚田だそうだ、しまった!)
顔見知りになったホテル近くの雑貨屋でいろいろ仕入れる。
「マイルドセブンないか?」
と尋ねると、奥の方から持ってきた、贋物なのか、或いは普段は売れないのか。
50元札を出すと、
「これは偽札」
と丁寧に突っ返させられた。
奥さんと2人で偽札の見分け方を一生懸命教えてくれた。
以外に簡単だ、握ってみての音が一番異なる。
その後、2、3回、知らん顔でその50元札を出すと、何処でも偽札と見破られる。
諦め半分、良い記念と財布の奥に仕舞い込む。

調べてみると貴陽は見所が少ない。
結局安順へ行く事になるが、
貴陽の次ぎが安順、駅へ行って安順への変更を申し出る。
駅員の態度は頗る悪い、
「ブー(不)」
と言ったきり、忙しそうでもないのに、横を向いて理由を説明してくれない。
変更が効かないのか、満員なのか判らない。
3時にモーニングコール、
「判った!判った!」
と独り言を言って受話器を取ると例の「アンモウ」だ。
時計をもう見ると、何と1時、もう一度寝ようとしても寝付かれない。
ウトウトしていると、モーニングコール。
半分眠っているカウンターの女性、それでも笑顔だ。
ホテルのカウンターの女性の態度頗る良い、
何時も三人並んでいるが、笑顔を絶やさない。
詰まらない質問にも心行くまで答えてくれる。

ホテルの真ん前が駅、歩いて2、3分、流石に早朝の客は少ない。
日本人風の青年が目礼する、何処かで見た事が有るが思い出せない。
4人部屋の寝台車、上がさっきの青年、前は中国人の青年、前の上は中国人の若い女性。
6時、眠れない、食堂に行ってビールを飲む。
コップも無い、栓抜きも無い。
それが当然と言う態度の従業員、何人かでトランプを興じている。
現在、この「列車食堂」が社会問題化しつつある。
一応請負制だが、経営は国、人事権等全ての権限は国に有る。
彼らは国家公務員、
だから方で風を切る、不適当な従業員が居ても首を切れない、
責任の所在がハッキリしないのだ。
更に、国のおエラさんは無料、列車の従業員も只、従って料金は割高、
これらが、有望な事業とみなされ始めた「列車食堂」の経営を阻害している。
何とかウトウトして9時起床、上の日本風青年は韓国人学生、慎ましい。

常に読書している、広州で留学しているそうだ。
彼とは陽朔で会っている事に気付く、
ホテルの前の食堂で日本青年と議論していた若者だ。
前の青年は新進気鋭のビジネスマン、まだ若いがキビキビとしている。
名刺を呉れた、??副経理の肩書きが付いている。 書類と首っ引きだ。
上の17、8の頬の真っ赤な女の子は湖南から来たそうだ、岳陽が懐かしい。
流行の高踵、真っ赤な靴が通路にちょこんと並んでいる。
18時間は長い。
夜中に突然列車が止まる、窓の外を人が左右に駆ける。
近くの窓から覗き見ると、一人の男が蹲り、周囲を制服の男達が取り巻いている。
線路を歩いていた地民が列車に触れたらしい。
蒼白な顔だが大きな声を出している。
命には別状無かったようだが、凄い。
夜11時半、貴陽着、駅前のホテルにチェックイン、198元、カードOK。
朝、貴陽を一歩きして、バスで安順へ向かう。
私以外は殆ど地元の人達のようだ、騒がしい。
出発して直ぐ、目付きの悪い男が、二人ずれの1人の女に何か言って、
物凄い口論が始った。
通路の前から後まで行ったり来たりの押し合い、取っ組み合う。
周囲の人が宥めるが、仲々止めない。
やがて、男の方が押し下ろされる感じで車を降りる。
周囲の人が事情を聞いてるようだ。
経緯は解せないが、女は半泣き顔で大きなダンボールから煙草のカートンを取り出す。
「紅塔山」の銘柄、傍の男が何やら言ってその一箱を開き、周囲に配る。
どうやら本物らしい。
一人の男が交渉し出した、一箱100元、その内に85元、2、3箱買う人もいる。
と、前に100元で買った男が怒り出した。 結局、更に60元だしてもう一箱受取る。
その内に、周囲の人が交渉し出すと、一箱50元までになる。
と、彼方此方から手が出だす。
今迄買った連中も黙っていない、
50元に換算して追加して貰う、という感じで大騒ぎのなった。
隣の席の穏健実直そうな中年も苦笑いしながら二箱買う。
途中の駅につくと、女二人と、もう一人、
女に同情的に話し掛けていたもう一人の女が下りて行った。
走り出して気付くと、最初の方で、交渉した二人の男の姿も見えない。
誰かが、
「開けてみろ」
と言い出す。
何人かが開けてみると、やはり、紛い物らしい。
窓から投げ捨てる人も居る。
実に芸の細かい事をやる、旅行者では無い地元の人達を騙すのだから相当なものだ。
暫く感想話に花が咲いたあと、バスの中は嘘のように静かになった。
1時間半で安順、駅前でビールと餃子、〆て4.5元、地図1.5元、
店員の対応も貴陽と比べて素朴其の物だ。
駅の公安で黄果樹への行き方を尋ねる。
ここの公安も実に親切、
バスの乗り場、下りるところ、値段、時間まで親切に教えてくれた、
中国の公安で珍しい事だ。
黄果樹へ着く、閑散として人影も少ない。
右も左も判らない、若いトクトクのお兄ちゃんが寄ってきた。
近くの食堂に入りビールと紅焼魚、
色々の土地でこの紅焼魚を食べるがその土地土地の独特の味付け、
此処のは頗る美味しい、
適当に濃い味だが辛くも酸っぱくも無い。
さっきのトクトクの男も近くに坐って動かない。
案内書の簡単な地図に書いてある??賓館、何処に有るのか見当が付かない。
中国の観光地の最大の欠点は、
その土地の案内板、地図が見当たらない事だ、有っても実にそっけない。
結局件の男のトクトクに乗る、2元、
1、2分で着いた目指すホテルの門前でガードマンにトクトクを下ろされる。
乗り入れ禁止の様だ。
門から玄関までが長い、手入れの行き届いた広い敷地の向こうに立派な建物、
1人で行くと言うのに、男がカウンターまで付いて来る。
350元が最低の部屋、
「もっと安いの」
と粘ると、何処かに電話する。
「140元の部屋がある」
と言う、電話をしたところを見ると、他の宿を紹介してくれたのか?
「その男が案内する」
と言ってる。
何となく胡散臭くて好かないが、渋々男のトクトクへ。
ものの2,3分で道を挟んだ反対側のホテル、別館らしい。
3人部屋位を覚悟して部屋に入って驚いた。
確かに古めかしいが、今迄の三つ星で最高の雰囲気、
中国風の格子窓、高い天井、何よりも清潔。

広い部屋の大きな窓の向こうには、森の如くに立ち並ぶ見事な盆栽、
1000盆は下らないだろう。
以前はこのホテルの豪華部屋だった様な気がする。
これまた大きな、真っ白なタイル風呂にたっぷり浸かる。
スッキリして庭に出る。
盆栽好きのNさん辺りが観たらひっくり返るだろう。
一回りするのに小一時間も掛かってしまった。

此処のメイン、黄果樹瀑布の様子を探りに出る。
時間が遅いし、一寸、迷ったが入場料を払って入ってしまう。
長い階段を下りる、結構時間が掛る、もう7時に近く夕闇が迫ってきた。
しまった、此方を先に観るのだった。
暫く歩くと木々の間から、瀑布が垣間見られ出した。
流石に東洋一、巾100m近くに渡って帯状の滝が流れ落ちる、
白糸の滝を巨大にした感じか。

滝の真下に出る。
散歩道が有るが、薄暗くなってきたのに、足元のライトが灯されない。
懐中電池も忘れてきた。 危なそうなので後ろ髪を引かれるように宿に戻る。
ホテルの食堂、女の子達が寄ってきて、
「日本人?」
日本人は珍しいらしい。
近くに有ると言う紅岩碑、バスの便は無い。 広場にタクシーの姿も無い。
受付の女性が電話をしてくれているようだが仲々みつから無い様だ。
やがて、一台のミニバンが入ってきた、女の子が飛んでいって交渉してくれた。
往復3時間で100元、交渉の余地もありそうだが、
やっと捕まえたチャンス、二つ返事でok。
30分も走り小道に別れる道に来ると、車を停められた。
「この先崖崩れが有って車は通れない」
風邪気味でフラフラしながら1時間程歩かされる、汗がほ飛ばし出る。
広い谷間の片側を斜めに道が進む。


30代くらいの気の良いウンチャン、いろいろ話し掛けて来る。
判らなくなると立ち止まって筆談、一ケ、のケをゴーと発音する、
「6人の日本人を案内した事が有る」
と言うのが聞き取れなかった、酷い訛りだ。
終点が広い広場、通常は此処まで車が入るらしい。
見上げると4、500mは有りそうな真ん中辺りを彼が指差す。
「あそこだ」

ジグザグに登り出す、唐沢から奥穂高に登るような勾配と辺りの景色だ。
4、50分も登ると忽然と岩肌に古代文字が現れる。
甲骨文とも少し違う、東巴とも違う。
少しずつ離れて10数個の岩肌に奇麗に彫り込まれている。



一応文字の形をしているのでそんなに古いものでは無いようだ。
日本の徳丸、鳥居が調査に来て論文を発表してから注目されたらしい。
紅岩碑の名前からして、
もう消えかかって読み取れない紅色の文字の方が歴史的価値があるようだが。
100mも離れた草叢に男が現れる、良く見ると山羊の一群を引き連れている。
羽音がして黒褐色の鳥が谷間を急降下する、隼らしい。
谷側は一筋の川に沿って道、この道は昆明に通じているそうだ。
狭い谷間の沿って民家、苗族が多いらしい。
谷の向こうの山裾に段々畠が果てしなく続く、
1000mもあるだろう山の中腹に部落が点々と貼り付いている。
苗族とか。 勿論車は入れない、どんな生活をしてるのだろうか?


彼は3人の子持ち、黄果樹の住人、途中で出会う誰もが知人だ。
通常は安順、黄果樹間を往復するウンチャンが仕事、一日2往復。
今日は100元でホクホクなのかすこぶるご機嫌が宜しい。
汗だくで戻って、ビール、喉が段々痛くなってきた。
近くには面白そうな滝がたくさんあるのに、残念。
滝で有名な黄果樹へ来て、一つだけしか滝を見ないなんて笑い者だが仕方ない。
安順へのバスの乗り場が分からない。
有名な観光地なのに、パンフレットにしろ道標にしろ案内図と言うものが無い。
勿論、日本で見るようなバス停の標識なぞ無い。
それで居てお金を取るところだけははっきりしている。
結局、降りたところで待ってるとそれでも程なくやってきた。
風邪と食不足で貴陽までの3時間がきつい。
今後の旅があやぶられる。

貴陽に着いて直ぐ民航へ、残念、今日の昆明便は無い、明日の早朝便だ。
重い足取りで宿を捜す、直ぐ見つかったのが??招待所、
「寝るだけだから」
と入って見たが、3人部屋しかなく敬遠、ちなみに値段は15元。
次ぎも??招待所、さっきのよりは増しな様だ。
2、3やり取りにモタモタしていると、受付の女性にいきなり怒鳴られる。
「三階って言ってるでしょう!」
三階までヨチヨチ昇って部屋を見るとまあまあの部屋、95元。
「OK」
というと、つっけんどんに、
「身分証明所!」
パスポートを出すと、
「何だ中国人じゃないんだー」
途端に物腰が柔らかくなった。 笑顔で、
「此処は外国人は泊まれないのよ。 私が泊まれる所教えて上げる」
と、2、3軒教えてくれた。 しかも、
「此処は奇麗だけど高い、此処は安いけど余り奇麗じゃないよ」
と、仲々親切だ。 わざわざ道まで出てきて指差して教えてくれた。
「ごめんね」
の声を後に又テクテク歩き出す。
結局、前に泊まった通運賓館に落ち着く、198元。

一休みして、ぶらりと出る。
黔霊公園、張学良と蒋介石が会見した建物が残っている。
少し奥に張学良が幽閉されていた洞窟、
遊園地は一杯の人なのに此方は誰も居ない。
彼等には張学良も蒋介石も興味が無いらしい。


ホテルの食堂で魚、松鼠魚の紅焼、まあまあの味だが名前が気に入らない。
夜中、7時半のモーニングコールと思って起きだしたらまた按摩コール、
時計を逆に見た、まだ1時だ。
貴陽の街から飛行場は近い、20分の距離だ。
桂林・貴陽記(完)