タイ・カンボジャ記5

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ビーチへ。
シアヌークビルには幾つかビーチが有る。
その中でも一番長い浜辺を持つのがオーチティルビーチだ。
右側を望む。



左側を望む。





これから一日おきくらいに通うことになるのだが、
このビーチの名前が仲々覚えられない。
口も廻らない。
ビーチへ行くのにはバイタクを利用するが、
当然、行く先を告げねばならない。
仕方ないから、
オーチティルビーチの方向を指差して「ビーチ」と言う。
それで大体通じるのだ。

シアヌークビルでの市民の足はバイタクだ。
バスは無い。
タクシーもタクシー乗り場にしかない、それも数えるほどだ。
トクトクをたまに見かけるが、これもまばらだ。
ダウンタウンは丘の上に広がっている、
ビーチまでは約1km位の距離があり、炎天下歩くのは辛い。
白人の若者が歩いているのは良く見掛ける。

何回か通っているうちにバイタクの運ちゃんとも何人か顔馴染みになる。
そんな運ちゃんは、出掛ける頃を見繕ってホテルの前に屯している。
その運ちゃんとの値段交渉も楽しみの一つだ。
相場は2000リエル、知ってる顔だと2000リエルで二つ返事だが、
知らない顔だと、「4$」くらいから吹っ掛けてくる奴もいる。
相場の8倍だ。
そんな奴には「1000リエル」から始める。
結局、2000リエルで落ち着く。
ダウンタウンからビーチへ行く時と、
ビーチからダウンタウンに戻る時で微妙に違う。

缶ビール一杯でビーチの長椅子の権利が取れる。







平日は、一棟の小屋を一人きりの貸切の如くなる時も有る。
これで経営が成り立つのかと他人事ながら気になる。
終日長椅子に寝そべってビール飲んで、本読んで、
居眠りして、持込のメコンウイスキー飲んで、
また、ウトウトして、たまに海に入る。
天下を取った気分だ。

傍らで物売りの小母さん達が準備に余念が無い。





この烏賊が何とも言えなく美味しいのだ。
しかし、危ないのだ。
みんな逞しい、惚れ惚れする笑顔、面魂だ。





いろんな物売りが来る。








いつものレストランでよく顔をあわせる日本人、53歳さん。
彼は、
100m程の向こうのところにウインドサーフィンのレンタルショップをやっている。



昔、館山や沼津の海岸で、
あっという間にウインドサーフィンが海を埋める程になった風景を思い出して、
直感的に、面白い商売、と思った。
ところがSに言わせると、全く駄目なのだそうだ。
と言うのは、シアヌークビルは、今が一番良い時期、
もう直ぐ雨季になると毎日土砂降りで浜辺には人っ子一人居なくなるのだそうだ。

同じホテルに泊まっている、通称、100kgさんが、
その巨体をもってしてウインドサーフィンと格闘している。





いつの間にか、立てる様になって、遥か向こうの方へ行っている。
戻ってこれるか、と見ていると、海の中を歩いて戻ってきた。


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今日もビーチへ直行。
昨日、9時に迎えに来る約束をしたバイタクが5分過ぎてもやって来ない。
諦めて、他のバイタクに乗ろうとしたらやって来た。
馴染みになった通称「髭」だ。
時計を見せると、髭も時計を見せた。
彼の時計は9時丁度だ。

日曜日のせいかビーチには客が多い。



私は9時過ぎに来て5時頃帰るが、
こちらの客は意外に短時間で帰って行く。
カンボジャの女性は水着を着ない。







決して多くの肌を曝さないで普段着のまま海に入る、
明治大正時代の日本女性の海水浴を垣間見たようだ。

いつもと同じ様に缶ビールで席を確保すれば、
昼寝しようが持込のウイスキーを飲もうが誰も何も言わない。

夕方5時過ぎに目を覚ます。
5時に約束した髭が待っていた、5分くらい遅れたようだ。
散々に謝る。
普通2000リエルのところを3000リエルはずむ。

夜中に目を覚ます、寒いのだ。
空調付部屋を希望したが、
「そんなの要らん」
のSの言葉に渋々従ったので空調は無い、ファンが廻っている。
そのファンを止めて長袖シャツを引っ張り出す、遅かったみたいだ。
痛烈な喉の痛み、鼻水も止まらない、要するに風邪を引いたのだ。
追い討ちは、例の鶏、豚、鳩、人間・・・何か他の鳥も居るようだ。

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終日おとなしくして5時半まで我慢する。
ノコノコと例のレストラン、生3杯。
帰ってメコン。

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髭が予約通り迎えに来てくれたが、
2000リエルと日本たばこを上げて勘弁して貰う。

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終日、蟄居。
咳、時々動悸。
夕方から飲み出す。
酒が美味しい、と言う事はまだ本格的な病でもないのだろう。
馬鹿に飲んでしまったようだ。
頻りに昔を思い出す。
母や姉、女房も出てきた。
思い出したい奴、思い出したくもない奴の顔も浮かんでくる。

続く