善水寺

草津駅から石部へ向かう列車に乗り継ぐ。
もしかしたらと、列車内を移動すると、直ぐにOさん、Sさんが見つかった。
今日は、ブッダウオーキングの湖南三山巡りへの参加なのだ。
ブッダウオーキングはOさんの主宰する近畿地方における仏陀を巡るグループ、
4,5年前から始まっているであろうか、今回で15回目を数える。
当初から参加したい、参加したいが、延び延びになって、
何と、今回が始めての参加なのだ。
尚、今迄のブッダウオーキング15回の経緯は下記をご覧下さい。
http://www.geocities.jp/tadoru_ono/index.html

Oさんを少しご紹介しよう。
数年前、ネット上で旅の話からお知り合いになって、
なんと、お互いに昆明在住、
「お会いしましょう」
と一献傾けて以来のお付き合いだ。
Oさんのハンドルネームは風来坊主、
その風来のあり方、坊主のあり方は、半端ではない。
我々の物見遊山の旅行きと違った本当の旅人なのだ。
私には判らないが何かを求めて居られるのだ。
釈迦と三蔵法師と西行法師を一緒くたにしたような存在だ。
ま、このあたりは下記をじっくりご覧下さい。
http://huurai.web.infoseek.co.jp/

中国雲南、チベットあたりを自転車を漕いで廻り、
時には海抜ウン千メートルで野宿するOさん、
彼の実家は、
小野妹子の血を継ぐ家系で1400年も続くお寺なのだ。
これは下記をご覧下さい。
http://www.city.osaka.jp/naniwa/spot/temple/gansen.html


湖南市は湖南三山を売り出す気らしい。
湖南三山を巡るバスが待っている。
素朴だが、何とはなしに歓迎ムードを感じる。
一方で、素朴が魅力な湖南三山の将来が危ぶまれる。

善水寺
Oさん、或る程度は歩くおつもりだったらしいが、バスが直行。

このお寺は、
中大兄皇子(天智天皇)の娘に当たる元明天皇(阿閉皇女)の時代に草創され、
伝教大師最澄によって中興された。 
その後、桓武天皇の病が当寺の清水で完治し、善水寺の寺号を賜ったと伝えられる。
この本堂が国宝だ。







私にはその価値が判らないが、
屋根の曲線が見事だ。
国宝の本堂をバックに燃え盛る紅葉はさぞ満足であろう。









この時期ここを訪れる人は国宝よりも紅葉を眺めに来るのだ。







織田信長比叡山焼き討ちの三日後に此処も焼き討ちに会い、
本堂、仁王門、塔、六所権現社を残し全山焼亡、
現存するのは本堂のみだ。
おおろかな境内に当時を偲ぶ。











何たる事か、昭和に入ってから、
昭和28年(1953) の豪雨により仁王門が流失してしまったのだ。
仁王像は本堂に移座していたため難を逃れたとの事。













その仁王門の有った辺りまで下りてみたが紅葉ばかりだ。

以下の画像は当寺の秘宝の一部。
(公式ホームページから頂戴した)





広場で、土地の小母さん達がお店を開いている。

 

この時期だけのにわかお店の様だ。
この鮒寿司、何処でも買えると思って此処では買わなかったが、
結局、買わな仕舞だった。

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