2006年京都記1 清水寺

京都駅から予約した宿に電話する。
「どうぞ、いらしてください」
日本人ではない日本語だ。
東寺の近くなので歩いても近い筈、と歩き出す。
結構な距離だ。
路地の奥にやっと目当ての宿を探し出す。
1月のカンボジャ行きの訓練と、バックパッカーの宿を選んだのだ、が、
悪い予感が的中した。
「個室三泊を予約した安房守です」
若い女が引っ込むと40絡みの男が出て来た、主人らしい。
「個室は空いてません」とにべも無い。
メールで予約申し込みをした時に、嫌な予感がしたのだ。
「何時でも空いてます、どうぞお出で下さい」
との返信を受けたが、予約受付の確証は受けていない。

この時期、しかも土曜日、これから部屋を探すのは容易ではない。
「ドミトリーなら空いてるけど・・・」
と歯切れが悪い。
兎も角、部屋を見せてもらう。
畳敷きの6畳、8畳位の部屋に二段ベッドが並んでいる。
「アンタでは無理です」
「若い連中が一晩中、キャーキャー騒いでいます」
「先だっても、あなたの様な人が泊まってトラブルに成りました」
「アナタでは無理です」
と、何度も何度も念を押された。
予約受付の確証も無いので文句の言いようも無い。

京都駅に戻って、観光案内所、旅行社を一巡する、が、
「本日の宿は全て塞がっています」
京都に来る時は何時も利用する駅の近くのホテルまで行っても、
「満室です」
地元の人間なら、宿探しの頼りになりそうだと、
高槻と大阪の友人に電話しようとしたら、
使い慣れていない携帯の電池が切れている。
近くのドコモで充電しながら、公衆電話を使う。
高槻の友人が、
「探してみます、もし、宿が取れなかった内に泊まれば・・」
との事で、ナントカ成りそうだ。
留守電に電話しておいた大阪の友人から電話が入る。
「20軒程、心当たりを当たったけど・・・」

何回かの遣り取りで、高槻の友人宅に厄介になることに決める。
そんなこんなで、
第一日目に予定していた貴船紅葉灯篭見物は諦めるしかない。
近くの清水寺にでも行ってみようと、ロッカーに荷物を預ける。

身軽になって出て来ると人込みがある。



舞妓さんだ。



やっと、京都への旅人になる。

清水寺へのバス停は長い列が出来ている。
10分もあれば、とみたのが1時間も掛かってしまう。

大谷本廟に着いた頃は日も暮か掛かっており写真もピンボケだ。



五条坂を右に折れて茶碗坂を登る。





ライトアップ開門は6時、山門の前は人が並び始めている。



兎も角、一回りと五重塔まで登ってみる。







もう、5時半に近い。
ライトアップの列に並ぼうと山門まで戻ったら、この有様だ。



係員に尋ねる。
最後尾は五条坂の入れ口近くだそうで、
何時に入れるか「判りません」との事だ。
高槻で落ち合う時間もある。
ライトアップは諦めて、近くの茶屋で熱燗で喉を潤す。

と、歓声が上がった。





見上げると、五重塔がライトアップに浮き上がっている。







もう一本熱燗を追加して茶碗坂を降りる。




高槻で落ち合った若夫婦と豪快なモンゴル料理。

 



昆明で一緒に飲み歩いた女酒豪とモンゴル族の旦那。
話は尽きない。

久し振りに午前様だ。

つづく

 

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