AVIGNON

ホテルに直行しシャワーを浴びてビール、一眠りして、ぶらりと出る。
意外に小さな街だ。
街の中央から駅が見える、反対側は直ぐローヌの流れにぶつかる。

両側に古い建物が立ち並ぶ中央広場は大変な賑わいだ、
物売り、似顔絵描き、大道芸人が人の流れを波立たせる。

立ち並んだ色とりどりのパラソルはカフェだ。
そのカフェの前で声を張り上げる芸人達、
ヴァイオリン弾きも手品師も居る。

腰を下ろしたカフェ、
AVIGNONの小母さん達がメニューを前に口泡を飛ばしている。
10分も続いている、これも彼女たちの楽しみの一つなのだ。
ところで、こちとらの方も女給仕との話が仲々纏まらない。
「今日は魚はサーモンしか無いわ、貝も無いし・・」
ガイドブックの海老の絵を示しながら、
「これは?」
「ああ、今日は美味しい海老が有るわ」
「サーモンと海老、どっちがいいかなあ ? 量は?」
「サーモンは大きいよ」
で、海老に決める。

チョコレートパフェの入れ物のような器に、
大きな海老の茹で上がったのがキャベツの上に乗って、
三方の空間にピーンと尾を突き出している。
家では、刺身、干物、納豆が常食なので、洋物は殆ど口にしないから、
日本語ですら、洋物の料理名が判らない。
海老も可成のボリュームだ。
隣の夫婦が、
各々の皿のステーキとハムをホークに突き刺して、電光石火の如くに交換した。

9時を廻ったのにまだ明るい。
人通りが絶えない、子供連れも沢山通る。
日本なら、「もう寝なさい!」
の時刻なのに。
目前に立て看板があり向かうから来る人は、はじめ、下半身しか見えない。
いろんな足がやって来る。
足だけ見ても、人種の違いが見えるようだ。
妊婦が来たと思ったら普通の人間だったり...

目の前のメリーゴーランドが廻り出す。
4、5歳の少女が目をどんぐりのように開き必死の面持ちで手綱を曳き、
木馬の上下運動に合わせて胸を張る。
通り掛かりの若者が、
廻っているメリーゴーランドにヒョイと飛び乗り半回転して下りてゆく。
何事も無かったように、極めて自然に。
良く見ると二階建てだ、二階には普通のベンチがあり、
何処が足か手か判らないほどに絡み合って動かない若者のカップルも回転している。
30台と見える奥さんも、外から亭主らしきが一生懸命に写真を撮っている。



なんだか乗ってみたい誘惑に駆られる。
昔、子供たちを乗せてやったことが有るが自分で乗った経験は無い。
ビールとワイン二杯、もう恥じも外聞も無い。
遂に乗ってしまったのだ。
AVIGNONの中央広場のメリーゴーランド、
天井、屋根、柱、これ以上付けられないほどの灯り、
まさに走馬灯の中にいる自分だ。
こんな事で一生の思い出が積み重なる。
後で聞くと、このメリーゴーランドは1900年製だそうだ。



前でベレー帽の老人がアコーデオンを奏で出した。
曲名は忘れたが日本人好みの曲、
孫のような少女が一曲終ると帽子を持って廻りだす。
何時の間にか夜の帳が下り、
周囲の建物がライトアップの中に浮かび上がる。


AVIGNON,ローヌ河にしっかりと抱かれた街。
その昔、法王が一時期ここに本拠を置き、栄華を極めた。
中世の二人の法王が贅を凝らして作り上げた法王庁宮殿、
面積が15000平米の広大さだ。



キリスト教の最高権力者の権力と富の絶大さを彷彿させる。
フランス革命の混乱時に破壊、略奪で荒れ果て、
一時は兵舎になっていた時期も有るという。

幾つかの部屋に残されているフレスコ画は必見だ。








直ぐ隣の教会の頂上に聳え立つ真っ白な聖母像を仰ぎ見ながら、左側の石段をのぼりつめると、



新緑の眩しい公園、更に進むと、眼下にローヌ河。
おー! そこには夢にまで見たサンペネゼ橋、アヴィニヨンの橋だ。







 
















プティパレ美術館。





















ポッティチェリをはじめイタリアの中世からルネッサンス期にかけての傑作が所狭しと並んでいる。
今回の旅の目的の一つはマリアの蒐集であるが、
此処で多くのマリアを蒐集する事が出来た。

その時代時代に描かれたアビニヨンの橋の絵に往時を偲ぶ。



遂にアヴィニヨンの橋の上に立つ。
その昔、新宿の歌声喫茶で高らかに歌った
「アヴィニヨンの橋で踊ろよ、踊ろよ....」
まさにその橋の上だ。



ローヌの流れにさらされながら、橋の先端で暫し感傷に耽る。
貴族達が着飾って歌い踊って渡り歩いた絢爛豪華な橋、
戦禍や洪水で幾度と無く破壊、修復が繰り返された橋、
そして、遂に最後、17世紀の洪水以降は半分を残したまま打ち捨てられた。
河の中央で断ち切られた橋の姿に栄枯盛衰の断片、
歴史の厚さ、重さ、儚さが垣間見られるのだ。









広場に戻ると、丁度、例のミニトレインが走ってきた、早速飛び乗る。
1時間30Fでアヴィニヨンの小道を縫って見所を案内してくれる。



曲がりくねった旧市街で
「茉莉」
と漢字で書かれた看板を掛けたレストランを見つける。
街の中央からほんの一寸裏道に入ったところなのに、
旅行者は全く居なく、土地の人だけの感じだ。
期待した日本料理店ではなかった。
端正な顔の、多分中国人?
ボーイが流暢な英語でメニュウを案内して呉れる。
「何かサッパリしたもの..」
推薦してくれた料理は、蟹と昆布の混ぜたようなものだった。
このあたりの料理にしてはサッパリしているのだろうが、
私には、オリーブオイルが一寸多すぎる。
昨夜見たアコーデオン弾きの老人が昨夜と同じように女の子を連れてやって来た、曲も昨日と同じだ。



2、3曲弾き終わると、少女が客席を廻る。
数えてみたら25人の客の内、お金を帽子に入れたのは二人だけだった。

幾つかの教会を覗いて中央広場に戻り昼食。
手品師も似顔絵描きも仲間とジョッキを傾けている。
陽光が陰ったと思ったら、突然雲行きが怪しくなった。
男達が手慣れた手付きでシートの屋根を取り付け、
巻き上げられていた壁がクルクルと下ろされる。
壁には透明なフィルムの窓がついているが、
途端にカフェの中が熱苦しさで充満する。
雨雲が通り過ぎたらしい、客達がブーブー言い出した。
シート状の壁が巻き上げられと、爽やかな風が通る。

宿に戻って昼寝の快感。
さあ、明日はプロヴァンス、アヴィニヨンともおさらばだ。
夜のうちにと、チェックアウトを済ませ、
モーニングコールを頼んで、外に出たら涼風が爽やかだ。
上着を取りに戻ると、親父が、
「ムッシュー..」
と言って、私の財布を差し出した。
又やってしまった、さっき、チェックアウトの時に忘れてしまったようだ。
全く冷や汗ものだ。

夕方、夕焼けのアヴィニヨンの橋を見たかったが、
公園は6時半で門が閉まってしまっている。
法王庁の広場で、
オーソレミヨとか帰れソレントへとかリごレットとか歌っている男、
それに合わせて、石畳の上で、バレーを踊る18、9の女の子、
ポツリポツリ遠巻きに観ている20人くらいの人が、一曲終る度に、ポツポツと拍手。
何曲か歌い踊り終わると、
踊っていた子が袋を持って踊るポーズで人々の前を一回りする。
1フラン入れるとハッとするような白い歯の笑顔がこぼれた、 まだあどけない。

昼食をとったカフェに入ると、ボーイが覚えていて、
「ウン、さっきと同じビールだね。」
という感じで、いい笑顔だ。
アメリカ人らしい高校生くらいの一団が輪になって、
似顔絵の客になっている仲間の一人をぐるりと取り囲んでいる。
描いているのは昼間からビールを飲んでいたあの似顔絵描きだ。
心なしか絵が踊っている。
描き終わると歓声が上がり、拍手喝采。



今回、アルザス、ミラノ、フィレンツェ、ローマ、ニース、アルルと廻ってきたが、
何時かロングステイするなら、アヴィニヨンがいい、一番気に入った。
適当に文化的で、適当に黴の匂いもし、
食い物もまあまあ、酒もいろいろ有る、何よりも、人が明るい。





 


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