臼杵石仏



生涯の祈願であった臼杵石仏が眼前にある。









「九品の弥陀」「くぼん」と読むのだそうだ。





ピカソに通じる。









平安後期から鎌倉時代に掛けて作られたらしいが、
誰かどのような目的で作ったのか判っていない。
弥勒菩薩の様な福々しい女性の案内だ。



一つ一つの石仏を丁寧に説明する。






阿弥陀三尊像





真正面から眺めていると何時しか心が洗われような心地になる。



石仏ながら木彫りのような高い彫刻技術は類を見ない。
これらの石仏は石仏としては日本唯一の国宝だ。
横顔も素晴らしい。




如来三尊像



信じられないことに、
これらの石仏は1000年もの間野ざらしにされていたのだ。
山岳仏教の衰退や時の権力の変遷の影響もあったのであろう。


地蔵十王像









かっての豊かな色彩がうかがわれる。


如来三尊像



童顔で愛嬌を振りまく。



如来座像
愛染明王




如来座像









惚れ惚れする良いお顔だ。



ともかく凄いのは、
これらの所謂単独の石仏ではなく直接岩に掘り込んだ磨崖仏なのだ。











山王山石仏




古園石仏











この仏像と目を合わせると御利益があるとか、
参拝客の多くが跪いて目を合わせていた。





この大日如来像の仏頭は長い年月物体下の台座にあったものが近年の修復で元の位置に戻された。
元の位置に戻すべきかどうかで議論伯仲したが、
元の位置に戻すことが国宝指定の条件となり元の位置に戻された経緯がある。
さあ、どんなものだろう?
どっちもどっちかな?
仏頭が離れてドカンとあるのも一興、仏心のないものの戯言だ。



























眼下の公園、蓮田を伴うこの敷地に何があったのだろう。
こんな立地条件のこの地にこれだけのものを誰がどのような目的で造ったのか。
真名野長者が娘の供養のために造ったとの伝説が伝わっているが・・・・、
仏像の様式などから推定される平安後期から鎌倉初期、
造らせた人、造った人、そのときの思い、
どのような物語が隠されているのか興味は尽きない。