806
9時に李が迎えに来た。
「今日は碧塔海湖へ案内します、タクシーを雇いました、一日150元です」
値段も安いが、物凄いタクシーだ、それでも床に穴は空いてない。
気持ちいい若い運チャン、快活で笑顔が絶えない。
ただ、助手席の李と、真横を向いて話っぱなしだ。
新しくて奇麗な舗装道路ではあるがガードレールは全く無い。
そんな道を唸りを上げて飛ばす。
対向車が殆ど無いのがせめてもの救いだ。

緩い起伏の谷間は高山植物でびっしりだ。
そんな湿原を縫って、かと思うと、穏やかな流れを辿るように進む。
時々、木の柱が剥き出した白壁の民家が遠景になり近景になる。
どの家も判で捺した様に同じ外観だ、
木の柱が五本剥き出している、チベット族独特の民家 だ。

だんだん勾配がきつくなると、ボロ車は喘ぎ出す、遂に白煙を吐いてエンコ。
多分、オーバーヒートだと思うが、どうしても前の蓋が開けられない。
何台か車が通るが停まってくれない。
彼は土地の人間らしいから、その内に、
知り合いが通るのを心得ているのだろう、
ニコニコして煙草をふかしている。
こちらも別に急ぐ旅でもないし、どっかり腰を下ろして、
標高3400Mの高原の空気を胸一杯吸う。
「この車は何馬力だ?」
「たしか45馬力だ」
「俺の車は200馬力だ」
彼は目を真ん丸くする。
フェアレディZをちょいと自慢する。

三人で話し込んでいると、車が停まった。
彼の友人だ、しかも、車に詳しいらしく、
難なく前蓋を開けあちこちチェックしだした。



開けて吃驚、
ラジエーターの中に突っ込んだ指にヌルヌルした物が付いている。
もう、何年も手入れをしてない感じだ。
それでも、なんとか動き出すから不思議だ。

最後の坂を殆ど止まらんばかりに、やっと、やっと、辿り着いたところは、
見晴らしの良い山頂が駐車場になっている。
たいして車も通らなかったのに、駐車場は車で一杯だ。
碧塔海湖は山頂を下った奥まった辺りにあるらしい。
「湖まで馬に乗るか? 歩くか?」
迷わず、
「歩く」
を選ぶ。



桧だろうか、樹齢100年は越えてるような太い針葉樹の林の中の丸木の歩道、
木の高さは4、50Mもあるだろうか、
空のかけらも見えない、まさに森林浴。
始めは気分良く歩いていたが、なかなか湖が見えてこない、
下り傾斜もますます厳しくなる。
人道と馬道は別れているが、
ジグザグに交叉していて、時々馬の行列と行き合う。

小一時間ほどで湖畔に出た。



あれだけ居た人々が何処に消えたのかと思うほど静かすぎる。
湖畔に連なる広い草原には牛、馬が寝そべる。



静かだ、水も清い、空気も美味い、空は筒抜けに真っ青だ。
ちなみに、この碧塔海湖は日本のガイドブックには載っていない。

帰りは黙って馬上の人、若いチベット族のお嬢さんが手綱を取る。
人も這うような急坂になると馬は肩で息をして、立ち止まりかける。
優しい顔の娘さんが形相を変えて鋭い声を発する、
馬は喘ぎ喘ぎ、一歩一歩、首を大きく上下する。
馬と人間の真剣勝負を見ているようだ。
片道24元。

駐車場まで戻り、木株で一服していると、
さっきの娘さんが、馬の首を撫でて、何かを与えている。
さっきの顔付き、鋭い声からは想像出来ない優しい目付き、手付きだ。
暫く見ていると、娘さんはポンと馬の首辺りを叩くと、
手綱をとって山道をまた降りて行った。






806(つづき)
さて、車が動かない。
何人かが寄ってたかって弄りまくるがウンともスンとも言わない。
スイスから来たと言う白人の男女が、我々の惨状をみて、
「ソリー、私の車は満員なんだ」
と申しわけなさそうに山を下りて行った、
成る程、定員オーバー気味の車の窓から大男がはみ出している。
李があちこちの人と交渉して、
シャンガリラまで載せて行ってくれる車を探し出した。
ボロ車の運チャンには60元だけ支払う、
これも李が交渉、仲々交渉力が有る。
便乗した車は、非番のタクシーの運チャンが奥さんとのドライブらしい、
仲々安全運転だ。
暫くすると、
「はーるーかーはーなれてーそーのまたーむこう....」
と歌い出した、確かこの歌はチベット民謡? 思わず私も口ずさむ。
一寸、振り返った運チャン、気をよくしたのか、
一段と大声を上げ、スピードも上げる。
大きなカーブでハンドルを切り損なった、
「またもや?]
と目をつむる、右へ左へ傾いて、危うく難を逃れる。
運チャンが歌い出すと危ない。

夕方、知らない男から電話が掛かってきた。
ドスの聞いた声で何かガナっているがさっぱり判らない、
曹の知り合いらしい。
「今夜家に食事を来い、迎えに行く」
と言ってるようだ。
受付けに行くと、タクシーが待ってると言う。
受付嬢がタクシーの運チャンに行き先を指示しているようだ。
10分も走って、もう少し行くと草原が広がる街外れに下ろされた、
何処にも人影が無い。
運チャンも下りてきて、あたりの家に大声を上げる。

一本前の角から李紅梅が走ってきた。
紅梅の後ろに付いて来た40がらみの目鼻のくっきりした
肩幅の広い大男が私の手を握る、大きな手だ。
彼の後ろに2、3人の男女を従えている。
苗さんは曹の上司で、彼等は曹の同僚、と紹介される。
曹はここに寝起きしている、李紅梅も此処で厄介になってるらしい。
後で聞くと、曹のボーイフレンドが社長で、苗さんが副社長とのことだった。

奥さんも笑顔一杯で出迎えてくれる、
最初シャンガリラに着いた時、出迎えの人達に交じっていた顔だ。
土塀に囲まれた300坪位の敷地に100坪位の建物、
中の上位の規模か?
最初に30畳位の客間に案内される、
一面一杯の大きな祭壇がチベット族の宗教心の強さを物語る。
物珍しいチベット族の民家の中なのに、電池切れで写真が撮れない。
居間兼食堂兼台所の様な部屋で食卓を囲む、
傍で男と女が一緒になって料理を作る。
部屋の中央に竈が有って、常にお湯を沸かしている、燃料は木だ。
暫くして、曹も帰ってきた。
皆が一生懸命勧めてくれるが、どうも、チベット料理は口に合わない。
折角の松茸料理も油が多すぎる、これを焼いてくれると有難いのだけど..
それでも松茸をつまみながらビールを限りなく戴く。
彼等は余り酒を飲まない、後でそのわけが判ったのだが..

苗さんは豪快快活、時々鋭さを発する大きな目、
キリリと引き締まった口元、三船敏郎そっくりだ。
「貴方は、日本の三船敏郎という映画俳優に似ています」
と言うと、
「よく、中国の映画俳優の???に似ていると言われるんです」
と当然のようにケロッとしている。
四方山話が弾むが、殆ど理解出来ない。
私は話題に乏しく、口下手なので、日本ででも、所謂、会食は苦手だ。
例えば、大好きな映画の話でも、題名や俳優の名前が直ぐ出てこない、
音楽の話も然り、酒の話も然り、旅の話も然り。
だけど、ほろ酔い加減で、人の話を聞いているのは大好きだ。

表に出ると、満空に無数の星が燦然と輝く、
天の川、これほど鮮明な天の川は生まれて初めてだ。
北斗七星、オリオン、北極星も沢山の星を従えて煌煌と光る。

苗さんが、また一族郎党を従えてホテルまで送ってくれた。
曹が
「明日はどうしますか?」
と、しきりに心配するが、
「明日は休息」


807
朝は懲りずにお粥、しかし、醤油、海苔、振掛けの味付けにも鼻が付いて来た。
日本料理やは見当たらない。
何でも食べられる人が羨ましい。
と言って自分で作れるのは、せいぜいラーメン、スパゲテイ、くらい。
Sの様に何処へ行くのにも包丁を一本忍ばせていって何でも作ってしまう。
何時も、長旅途上で、今度帰ったら今度こそ、
YさんやSを見習って料理学校にでも通おうと決心するのだが、
「成田決心」の英語のようなもので、
家に着くと何処かへ霧の如く消え去る。
英語も西洋史も然り、中国語も中国史も然りだ。

ガイドブックに有ったシャンガリラの街が一望出来る「大亀山公園」へノソノソと動き出した。
中国では、麗江も大理もそうだが、旧市街と新市街がはっきり分かれている街が多い。
ここシャンガリラも市街の南端に古城と呼ばれる旧市街がある。
余りに複雑すぎるのか、殆ど舗装もされていない。
もう幾日か前に降ったであろう雨溜りがあちこちに残っている。
そんな路地を彷徨すると、あちこちに昔の中国、支那の残骸がそのまんま残っている。
古い家を捨てて新しい街に移って行く人が多いと聞くが、既に、無人化しているのだろうか、
低い軒、朽ち果てた瓦屋根からは雑草が吹き出し、表戸は隙間だらけ、
そんな中から裸の子供が勢い良く飛び出して来たり、
買い物篭をぶら下げたおばさんがヒョッコリ顔を出したり、
まだ、幽かに生活の匂いが残っているようでもある。
ここまでくると、趣を通り越して、無惨に近い、新しいのは嫌、無惨も嫌、
こんなのは通りすがりの旅人の我侭なのだろう。

大亀山公園を登り切ると「朝陽楼」と書かれた楼閣、
ここからシャンガリラの街が穏やかな谷間に広がっている。













手前の旧街は一握りほど、その向こうに中央の大通りを中心に新市街が連なる。
街の周囲には建設中の鉄骨が幾つも空を突き刺している。
ここでも新しい街造りが始っているのだ。

どうも、食事が合わない、そう毎日お粥ばかりでは体が持たない。
酒のつまみも松茸ばかりでは飽きてしまう。
曹も忙しそうだし、曹には申し訳ないが、
丁度通りかかったバス駅で明日の麗江行き切符を買ってしまう。
そう言えば、今日は曹から電話が無い、きっと忙しいのだろう。
何しろ、街中の人口2,3万人のシャンガリラにこの半年で86万人の旅行者が訪れたと言うのだから、
まだ数少ない旅行社の忙しさが想像出来る。

その松茸と魚をつまみにビールでも飲もうと注文したところへ、曹から電話、
「今から行きます」
一杯も飲み終わらないうちに、
曹と苗さんが例の如く一族郎党を引き連れてドヤドヤとやって来てテーブルに丸くなる。
彼等流の遠来の客に対する心遣いなのだ。
「何か食べますか?」
「もう、皆、食事を済ませました」
「じゃー、何か飲みますか?」
皆、首を横に振るのを無視してビールを四、五本追加する。
ビールを注いでも、皆、お義理程度に口を付けるだけだ。
「曹建蔚の友達は我々の友達だ」
「皆、あんたに好意を持っている」
「明日、パーテーをやるからあんたも来ないか」
苗さんの奥さん、遣り手そうな若い女性、
一昨日も昨日も顔を出した陽気な男、
始めてみる顔も2、3人、皆、なんやかやと話し掛けてくれる。
曹に、こうゆう訳でと、バスの切符を示すと、彼女は、
「ノーノー」
と言って、切符を懐にしまってしまった。
「せめて、あと一日、切符は変更しておきます」

達はビールを少しずつ飲むが女性は全く飲まない。
「どうして、女性は飲まないんだ?」
「習慣だ」
と苗さんが答える。
「もし、内の女房が酒を飲んだら、ピーン、ピーンだ」
と頬を叩く仕草。
遣り手そうな女性も、
「もし、私が飲んだら、兄にピーン、ピーンよ」
と隣の男を指差す、彼は彼女のお兄さんらしい。
もう、一組の男女も同じ仕草をする。
私が曹を指差して、
「モーソ人は女が強いと聞いてるけど..」
苗さんが、親指を突き出す。
「チベット族は違う、男が一番だ。 日本ではどうなんだ?」
「昔は、日本では男が絶対だった、今は違う、
私は家で全く自由が無い、だからこうして旅に出るんだ」
皆、神妙な顔付きになる。 私が、
「でも、苗さんが留守の時、奥さんはガブガブ飲んでるのではないの?」
と問うと、
「そんな事は絶対に無い」
と苗さんが首を上下すると、皆が一斉に、
「ヤーイ、ヤーイ」
と囃し立てる、如何にも貞節そうな奥さんはニコニコしているだけだ。

彼等の知ってる日本語は、
「今日は」
「さよなら」
次に出て来たのは、
「ヨーシ!」と「バカヤロー」。
みんな映画の見過ぎだ。
「日本では、「ヨーシ」は何か意志を固めた時、
「バカヤロー」は罵声も有るが、
特に親密な友人同士が愛称的に使う事も多い」
と説明すると、皆、肯いている。

一刻過ぎると、彼等は蜘蛛の子を散らすように帰って行った。

続く