初秋の奈良4
西大寺から平城京跡、春日大社、戒壇堂、二月堂付近

西大寺。
その昔、東大寺とその規模を競った往年の栄華はその礎石に面影を留めるのみだ。
当初は110もの堂宇がひしめいていたと言う。






今回は土地のタクシーを借り切っている。
そのきめ細かさが彼方此方で発揮される、平城京跡の一周もそのひとつ、
居ながらにして凡その平城京を垣間見た。









この一本一本の植木は柱の跡なのだそうだ。



この植木の列は塀の跡だ。
あと10年もしたら、壁や建物が立ち並んでいるのだろう。

ぐグッと奈良を登って春日大社。



平安遷都の際、藤原不比等が藤原氏の氏神を祀ったのが起こりとされる。





いかにも神木の名に相応しい大木が神殿を貫いている。







これは藤の古木。



その昔は東大寺から上に上に上って来てこの辺りを貪欲に歩いたものだ。






戒壇堂。
僧侶として守るべき事を確かに守ることを仏前で誓う、これを受戒と言うのだそうだが、
その受戒の儀式を行う場所が戒壇であり、厳粛かつ神聖な場所なのだ。
天平の世に鑑真が受戒を授けたところでもある。
しかし、その戒壇堂に車が横付けとは、これにも驚いた。





神聖な壇上の四隅に睨みを利かしているのが天平芸術の最高傑作とされる四天王立像。
持国天。



増長天。



多聞天。



広目天。



持国天、増長天は確かにあからさまに睨みの表情を顕わにしているが、
多聞天、広目天の眼差しは深い、内に秘めている。
張飛と関羽というところか。
後世の哲学者にこんな顔があったような気がする。

そして、彼等に踏みつけられている邪鬼達、




決して怯んではいない、恐れ入ってる顔ではない。

ここを訪れる誰もが目を輝かすのがこの四天王、
まさに静にして動、動にして静だ。









細い道をどんどん上がって行くと三月堂と四月堂の真ん中へ出た。
二月堂は目の前、これにも吃驚した。













二月堂で燃やした松明が門の奥に飾って在る。
修学旅行の一行が押し寄せて来た。
「これが二月堂で燃やされた松明です」
ガイドがこんな説明をする、ガイドコースになっているのだ。





この車椅子の女性、私が二月堂に登って彼方此方写真を撮って戻ってきた時も同じポーズだった。
この二月堂の風景を眺めて何を感じたのかお聞きしたいものだ。





お水取りのお水は遠く?何処からの国からのお水なのだそうだ。
だから、お水取りの日だけこの扉が開く。







二月堂から東大寺大仏殿を望む。
向こうの山並みは生駒だろう。



5年前、此処で出遭った潤んだ瞳の女性、今は何処で何をしてるだろうか。







二月堂の階段を下りると長谷寺が頭を過ぎる。





もう一度じっくりと二月堂を見納める。



つづく