嵯峨野ぶらぶら記2


祇王寺
この小道に出るとほっとする。
何かほんわかした温もりを感じるのだ。









建物も庭も明治の中頃に作られた物であるが、
この庭に入ると不思議と平安の昔に溯ったような錯覚に陥る。
哀しくも憐れな祇王、祇女の物語が更に情緒を深くするのだ。
侘び寂び、優雅優美、哀愁、郷愁・・・
これに更に磨きを掛けている様に思う。

苔の美しさに圧倒される。





何時か、椿と山茶花の見分け方を教えて貰ったが、
これはまさしく落ち椿、苔の青さを益々青くする絶好の点景に成っている。





これが昔の門なのだろう。
風情がある。



何時もは大体が桜か紅葉の季節に訪れるのだが、
桜にも一寸早い季節、
ゆったりとじっくりと心行くまで舐めるように楓の、青苔の庭を眺める。









楓の先端にはもう若芽が忍んでいるで居るであろう。
新緑の頃にも来たことがあるが、緑の匂いがたまらない。
徳川の家紋のみつば葵との案内板がある。



直実の蘭、敦盛の蘭はやっと芽吹いたところだ。





竹林を春風が通り抜ける。
風の音がする。



今日こそは、一両から万両まで見落とすまい。









珍しい?花が並んでいる。





猫の眼も祇王寺色だ。



建物の中に入り真っ先に吉野窓を覗く。









祇王、祇女、仏御前にご挨拶する。







祇王21歳、祇女19歳、仏御前17歳、うら若い彼女達が出家したのだ。









未練がましくもう一度庭を見て祇王寺を後にする。





次に訪れるのは何時の事だろうか。

祇王寺


 

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安房守の旅紀行・日本編