大原・寂光院記



寂光院は、
聖徳太子開基と伝えられるが確証はない。
ただ、大原が小野妹子の領地であったことなどから、聖徳太子開基もありうるとの説もある。
いずれにしても、開基は飛鳥の時代に遡って間違いないようだ。





寂光院が人口に膾炙したのは、やはり、平家物語、
それも大原御行の段であろう。
壇ノ浦で安徳天皇はじめ肉親一族郎党を失った建礼門院が隠棲したこの地に
舅である後白河法皇が訪れる「諸行無常」は日本人の琴線をくすぐるのだ。





淀殿の命で片桐且元が慶長年間に再興した本堂は平成12年(2000年)5月9日の不審火で焼失し平成17年(2005年)6月再建された。



残念ながら当時の平家物語の面影は失せた。
本堂前西側の庭園に今も残る、
心字池、千年の姫小松、苔むした石、汀の桜などは平家物語当時のままと言う。








大原御幸に
「池のうきくさ 浪にただよい 錦をさらすかとあやまたる 中嶋の松にかかれる藤なみの うら紫にさける色」
の松として伝わる姫小松は火災による痛みが激し近年枯死し無残な姿を残しているが、
諸行無常の感がしてならない。







太閤豊臣秀吉の寄進で桃山城にあったものを移したという南蛮鉄の雪見燈籠とはこれであろうか。



境内にある「弧 雲」





寂光院を出て直ぐの左側によく整備された階段がある。、



この階段奥の建礼門院大原西陵に建礼門院は眠っている。



寂光院記


 

安房守の旅紀行・日本編