知床物語1

Mさん 今晩は

昨日の釧路からの船はえらいもんであンした。
でも犬房碕あたりから晴れ上がって、
海の上から故郷をジックリとまばたきもせずに眺めどうしました。
知床はいい!!
これから年に一回は行こうと思います。
一週間ほど居ましたが、鹿、キツネとは毎日出っくわします。



この辺を散策する人は熊よけの鈴を鳴らしながら歩きます。
あちこちが熊出没の為通行禁止です。
私はたまたま車で出会いましたが可愛いもんであンす。
数字に自信無いけども、
日本で咲く花は500種類とか、
そのうち250種類はここ知床で見られるとか。

北海道に来て雌阿寒岳と羅臼岳の二つの山をやっつけました。
どちらも深田久弥の日本百名山に選ばれた山です。
どちらもどちらですが、特に知床連山の羅臼岳、生涯の自慢です。
左オホーツク、右太平洋、クナシリが目の前です。
知床半島の先の方三分の一位は人間の行く道ないんです。
獣道しか、あとは鬼の道だけかも。全くの原生林です。
山から滝が直接落ちるんです。
それも幾つも幾つも有るんです。
断崖の岩の割れ目からからいきなり滝が吹き出してるのもあるんです。
で、船で知床岬までの探検であンす。
いろんな水鳥がいます。
断崖絶壁に黒鵜の巣、これはいずれ長良川です。
鷲です。
船頭の話だと、この辺りに二番ひの鷲がいますが、
もう老いて白髪だよって言ってました。
そう言われれば頭から首にかけて白い物が交じってました。
でも眼は浩々と輝いてました。
船は小型なので小回りがききます。大きな熊がいました。
船が近づくと、仔熊が二匹周りでウロチョロしています。

今度はイルカです。
イルカの大群の真っ只中に船が乗り入れたようです。
数百匹も居るんでしょうか。飛んだり跳ねたり潜ったりです。
野生のイルカが手に触れんばかりです。
年に2、3回このイルカの大群がここを通るのだとか。
やがて知床岬です。
岬が見えると同時にクナシリが視野に入ってきます。
家から毎日見てる伊豆半島みたいなもんです。
近いとは聞いていたがこんなに近いとは.....
ここで船はUターンです。延べ6時間の船探検です。


知床物語2

北海道より戻った12日に,
私のごく親しいチョンガ−の友人が胃の全摘出手術しまして、
北海道が何処かに行ってしまいました。
幸い手術ごの経過は良好で3日たった今日は,
歯をくいしばりながら立ち上がったりしています。


東京有明埠頭に早く着き過ぎた。 午後11時55分発。
少し戻ってWANZA ARIAKE BAY MALL を一巡りする。
若者で溢れている。
若者好みのカフェテリア、パスタハウス、シーフード、に交じって格好な酒屋もあって、少し飲み過ぎたか。
12500トンのフェリ−、客の80%がなんと自衛隊。
さすがに戦車は無いようだが装甲車みたいのやら、大きなトラックに圧倒される。
一瞬、戦争に巻き込まれたような錯覚だ。
兵隊たちは屈託ない。
船内探検、5階建ての下二階が車、あと三階が人間空間。
風呂あり、ゲームセンターあり、コーヒーショップも、ビヤーホ−ルもある。
やはりデッキがいい。
折りからの梅雨の中、太平洋を切り裂いてゆく。
梅雨の憂鬱さは微塵にもない。
広いロビーに飛石のように椅子が並んでいる。
その椅子の一つに掛けて深夜の東京湾を眺める。
窓に我が影と東京湾の灯が重なる。

東京を逃げるにあらず梅雨茫々
我が影に灯り重なり梅雨船出


知床物語3

30数時間の長旅、
読書三昧のつもりで俳句も含め日頃読めない本に幾冊か買い足して持参、
が、いざとなると殆ど読まない。
右もひだりも海、海、海。 たまに雲かとも思えるように陸地が見える。
時々大きな黒い鳥が波間を漂っている。
船の真上は太陽だ。 梅雨とは思えない爽やかさ。
梅雨晴れの船のベンチのうたた寝は最高だ。
目が覚めると「日本百名山」を読む。
雄阿寒岳、雌阿寒岳、斜里岳、羅臼岳の内二つ登ろう。
誰かが叫ぶ、夕日が沈むところだ。
真っ赤だが意外に小さい。

朝7:30釧路へ入港。 霧の釧路だ。
昨夜、普通の女の子のように食べてお喋りしていた自衛隊の女兵士達も制服を着ると、
目つきも変わってくる。
気楽にバイバイとでもやったらドカンとやられそうだ。
さあ、初めての北海道ドライブ、
窓から手を出しても雨を感じないのにフロントグラスはベットリだ。
やはり釧路の霧だ。
街外れのコンビニでいろいろ買い込む。
驚いたことに、それから阿寒まで一軒のお店も無い。
車もスカスカ、信号も無い。
お昼頃迄に阿寒に着けば と思っていたのに一時間一寸だ。
阿寒湖畔はアカン、 変にゴチャゴチャしている。

雄阿寒岳の登り口まで引き返す。
阿寒湖の西外れの入り江、人っ子一人いない。
案内書には熊注意と有る。
少し歩くと阿寒湖の水が爽やかに流れ込む太郎湖、
もう少し行くと原始林の中にこれ以上無い静かさの次郎湖。
引き返すと、何と、大きな遊覧船が入り江に入ってきた。
鈴なりの人だ。さすがに声はない。 ジロジロこちらを見ている。
檻の中から人間を見る気分になる。
ナンテコッタ。

雌阿寒温泉の宿に入ると、まず風呂、知る人ぞ知る温泉だ。
二十畳位の木の温泉、硫黄の匂いがきつい。
たっぷり浸かってから、近くのオントネー(アイヌ語で老いた沼)に出掛ける。
あくまでも澄んだ淡いブルーが神秘的だ。



明日登る雌阿寒岳の噴煙も湖面に映っている。
20分程歩いた所に43度のお湯が高さ30メートル流れ落ちる湯の滝。
今なお生成されている天然のマンガン鉱床のせいで岩が真っ黒だ。
中年の夫婦が入っている露天風呂へ割り込む。

昼寝より北の船旅始まりぬ
白昼の太平洋上昼寝覚
蝦夷菊や女も入る露天風呂


知床記4

夕方阿寒湖畔のアイヌ古式舞踊を見物。
話の種に位のつもりだったが、鶴の舞、黒髪の舞、中々に感動的だ。
180種位の舞が伝承されているそうだ。
ムックリ(竹製のアイヌの民族楽器)の調べは琴線を抉る。
戻って、もう一度温泉に浸る。




雌阿寒岳。
鬱蒼とした針葉樹、広葉樹の交じった林をやっと抜けるとハイマツ帯にでる。
始めトンネルのようだったハイマツ林が、何時の間にか背の高さに、
腰も高さに、膝の高さになりついに岩山、いや、一面のお花畑。
いろいろな花が、けなげに咲いている。
白い花が多い。
昨日のオントネーが緑色の怪しい光を発している。
頂上に近づくと滝の音、と思えたのが噴火の音。
凄まじい轟音と蒸気だ。



頂上付近は日が射しているのに視界は閉ざされている。
本来見える筈の知床連山は厚い雲の中だ。
ゴーっと羽音が耳を掠める。
余りに大きな羽音なので、ワシか何かと思ったが、岩燕だ。
登山の初めから終わりまで鳥の鳴き声だ。
が、山の高さで鳥の声が変わる。
下山して又、温泉。


時間が余ったので摩周湖まで脚を伸ばす。
霧で何も見えない。
しばらく粘っていると、霧の浮き立つ湖面が見えた。
確かに霧の摩周湖、 幻想的だ。

はまなすやアイヌコタンの夕まぐれ
やさしきはアイヌ民話や夏木立
緑陰にアイヌ民話を聞きにけり
霧摩周の島が歓声の芯となり


知床物語5

七日目にして、胃を失った友人歩き出したゾ。
切り取った内臓のすごさを見せられたが、人間の生命力には頭を垂れる。


さて、
摩周湖の近くの屈斜路湖畔の仁伏温泉に宿を取る。
夕食で隣り合ったのは二人連れの神戸の元女学生、
いまは神戸と札幌に住んでいて、
神戸の方が北海道のJRに乗りたくて、しばしば、やって来る。
其の度に札幌がお付き合いしなければならない、
「やんなっちゃう....」
とは裏腹に満更でもない顔つきだ。
二人でビール一本持て余して、真っ赤だ。
たまたまそばの人が河西の人で、
河西に住んだことがある私と三組で関西の話しがはずむ。
関西弁が辺りを圧する。
それぞれここまで来た交通手段が、船と車、汽車、飛行機と三者三様だ。


翌早朝、砂を掘れば即ち温泉となる砂場温泉を自分の手で掘る。
手作りの温泉だ。
少し下がった古丹温泉が今日の狙いのひとつ。
湖面と同じ高さの露天風呂、人っ子一人居ない。

熱くて熱くて、やっと入って屈斜路湖を全望だ。
幾ら払っても悔いないような温泉が只で、しかも一人占めだ。
少なくも1000円くらいの駐車料は問題外の外だ。
頭のてっぺんからから爪先まで湯気を出しながら近くの見学無料のアイヌ民家に入る。
と、何のことはない、土産屋だ。


天下の眺望を豪語する美幌峠でアイスクリームをしゃぶって、網走までぶっ飛ばす。
釧路からの道はただ原野原野の連続だったが、
網走に近づくと少しずつ畑が見えて来る。
蓮の花が満開の池に掛けられた橋を渡って網走刑務所、
いや昔の網走刑務所をそっくり移転して作った博物館網走監獄だ。
ありしままに再現されており囚人になった気分だ。
ところどころに蝋人形の囚人や監視が夢か現かのようにことらを見ている。
誰も居ない時を見計って蝋人形の囚人の隣に入り込んでセルフタイマー。



若い時に一度刑務所に繋がれたいと思ったことがあったが....
事細かに残されている刑務所の歴史を観て、考えさせられる。
西南戦争あたりの武士や政治犯が主体の囚人達が、
厳しい北海道の開拓に夥しい命を捧げて行ったんだとか。
いま北海道の難所を突き抜けるメインロードの殆どは彼らの命と引換えとか。
更に、広島に原爆を落とした飛行機が出陣したテニヤン空港は、
土木工事に長けた網走囚人達の産物だとか。


博物館網走監獄のちかくの北方民族博物館を覗いて見る。
北極を中心にした北方の各大陸の諸民族の文化を、
アイヌもワンノオブゼムとして膨大な資料で紹介している。
興味のある連中には堪らないだろう。

途中、小清水原生花園でたっぷり花を見て知床に向かう。

刑務所を隔つ小池や蓮の花
囚人と並んで寝たり梅雨の雷
刑務所の橋渡る時梅雨の音


知床物語6

オホーツクと平行して知床へ向かう。



小さな駅で水を一杯ご馳走になる。
愛車は益々絶好調だ。
裾野しか見えなかった斜里岳の向こうに、海別岳、遠音別岳、そして羅臼岳だ。
山と海がくっ付いたような道が続く、と、オシンコシンの滝。



富士の白糸の滝と同じくらいの幅だが高さは三倍、水量が全然違う、一桁は違うだろ。
上高地あたりの岩場の渓流をそのまま縦にした感じだ。


今回始めてユースホステルなるものを経験する。
もし餓鬼みたいのばっかりだったらどうしよう、不安が走る。
恐る恐る入っていくと、若者達に交じって小父さん、おばさんの笑顔だ。
後から来た修学旅行の団体を除くと50%は小父さん、おばさんだ。
若者達、小父さん、おばさんが気軽に話し掛けて来る。
「何処をやってきました?」
「羅臼はもう行きましたか?」
「カムイチャッカは?」
しばらくして馴れてきたが、旅の情報交換が会話の入り口だ。
それにしても心地よく、気安い。
一杯入ると旅の手柄話に花が咲く。
露天風呂のいいとこ、花がきれいなところ、ラーメンの旨いところ、
居心地の良いYH、道の善し悪し、お巡りさんのいるところ....
さまざまの情報が飛び交う。

8:30、オ−ナ−主催のミーテイング。
近辺の自然の案内、熊の注意、年間の見所、蟹の食い方、買い方、星ツアー、夕日ツアー・・・
最後に皆の明日の行動予定がアンケートされ、
それぞれのコース毎に暗黙のチームが結成される。
羅臼岳登山は老人男性1名、中年男性2名、中年女性1名、
あとは20代女性4名の計8名編成だ。
お互いに顔を見合わせて納得だ。 勿論、私は中年組。


翌朝、8名が揃って出発。
老人のQさんがリーダーを買って出てトップを引く。
相当のベテランのようだ。
何回も何回も聞かされるQさんの
「大丈夫ですか?」「大丈夫ですか?」
が゙だんだん鬱陶しくなる。
長い長い雪渓を登る途中、ビールに雪を詰める。
とてつもないお喋りの女性がいて、熊よけの鈴は不要だ。
底抜けに明るい広島弁。
少し話し込むと角が立つほど知的だ。
口に泡を立てんばかりで顔を近づけて来る。
長野と、小樽の女の子は花に夢中。

 





新しい花を見付けると二人が名乗り?合う。
意見が分かれると図鑑を丹念に....
それでも結論が出ないとお互いにゆずらない。
二人ともとっても詳しい、花が本当に好きなんだ。
長野は酒屋のお嬢さん、小樽は看護婦さんだそうだ。
中年の夫婦はゆとりたっぷり、それもその筈、ワンダーフォーゲル部の恋愛結婚だ。
目の前を行く奥様が、おおきなお尻で馴初めの経緯を話してくれる。
旧き良き時代のこぼれ話が紛れ込む。
旦那はニコニコ笑顔を絶やさないが眼は鋭い。
もう一人の女性は関西の若奥様だ、 関西弁が美しい。
おっとりといつも雲を見ている。
結局、最後に頂上へたどり着いたQさんを入れて全員で記念写真。





雪で冷え切ったビール......ン
知床連山は皆見えるが、下界も、クナシリも雲の下。

知床もクナシリも梅雨の底
熊よけの鈴を鳴らして登山する


知床物語7

夜、ウトロへ蟹を食いに出る。
蟹の刺身を注文したら一匹全部でなければ駄目、と言われる。
生きてる蟹の足一本だけというわけにはいかないのだ。
結局、刺身を諦めてタラバの足一本で熱燗だ。
兎も角、デカイから足一本で満腹。
蟹ラーメンは明日だ。


翌日、朝からの雨で知床岬までのネイチュアーウオッチングボートは欠航だ。
砂利道を2、3キロ走ってみちが行き止まりになる辺りに、カムイチャッカの滝。
大小の滝が200メートルも連なっているのはまあ良いとして、
なんとザーザーと流れているのはお湯なんだ。
藁草履を履いてお湯の流れの中をジャブジャブと登ってゆく。
所々に湯船に格好な滝壷が有る。
一番登りつめた滝が一番大きい。
其の滝壷に若者が浸かって、ガタガタ震えている。



折りからの雨で増水し水温が下がっているせいだ。
さすがに入るのを諦めた。
何時か青空の下でこの滝壷に再挑戦だ。


知床五湖、
流れ込む川も流れ出る川もない、それでいて満々と紺碧に澄んでいる。
後日、船から見た絶壁から吹き出す滝が出口だそうだ。
水の吹き出し方で滝の名前が二つある。
乙女の涙、男の涙、アイヌの付けた滝の名だ。
どしゃ降りの雨で人も少ない、あちこちが熊出没で通行止め。





鏡のような湖面を水尾が走る。
こんなに静かな湖なのに落着かない。
全く人気の無い原始林の道端のクマササがカサカサすると背筋に冷たい物が走る。
でも熊君と対面もしてみたい。
オッカナビックリで二つの湖を巡る、あとの三つは立ち入り禁止。
売店に戻って、コケモモのソフトクリーム、堪らなく美味しい。

車での帰り道、
立派な角の雄鹿に出会う、角が顔の三倍位有るだろうか。
夏木立の中の雄鹿は神々しい。
雌鹿は飽きるほど見たが、雄鹿は始めてだ、何匹か引き連れている。
しばらくの睨めっこに飽きて、ふと反対側に目をやると、巨大な黒。
ヒグマだ!
モゾモゾ下を向いて、ふっとこっちを見る、と直ぐ又、モゾモゾ始める。
後から聞いた話だと草を食べてるのだと。
もしこっちへ飛んできたら、と、慌てて窓を閉める。
ヒグマは時速40キロで走るそうだ。
自分の心臓の鼓動が自分に聞こえそうだ。
ヤッコさんは全く無頓着。
警笛を鳴らしてみて(内緒)も何の反応も無い。
時折思い出したようにこちらを窺う。
やがて草叢に消えた、と思ったら、
ズウ−ット近づいたところに現れてモゾモゾやりだした。
一瞬ひゃっとしたがこちらには関心ない。
暫く眺めていると、草叢に消えて行った。
動悸も治まった。


ウトロで蟹ラーメン、旨いのなんのって!
ラーメン大好きだが、こんなの始めて。
ちなみに「かにや」って店だ。
明日も食いに来よう。


知床でもかなり奥まったところに、吃驚するような(少し)ホテルがある。
名前は「地の涯」、そのホテルの下に無料の露天風呂、
近くの大きな蕗の葉を傘替りにドブンと飛び込む。
良く知られた露天風呂だが今一つだ。
底がヌルヌルするせいか、 雨のせいか。



YHに戻る。
今夜も手柄話に花が咲いている。
意外に北海道の人は少なく、殆どが東京以西だ。
神戸近辺が一番多い。
しかも殆どが知床通、4、5回目がザラだ。
神戸の中老年は神戸近辺ほとんど知らない、のに知床は数回目。
知床に惚れ込んでいるようだ。
「何故何回も知床なんですか?」と聞いてみた。
「手付かずの自然と会いまみえる事が出来る。
それと、ここまで来る人は皆自然好きだしマナーが良い。
そんな人達と話すのが楽しいんだ、だから毎年通って来るんだ。」
何故山に登るの? 何故旅に出るの? 何故俳句つくるの?
.......に近い様だ。

知床のみずうみ巡り梅雨最中
知床に関西弁や人涼し
片陰に熊が顔出すおののきよ


知床物語8

翌朝、曇ってはいるがまあまあの天気、 が、今日も船は欠航。
私は二日目だが三日も待ってる人もいる。
あちこちで溜息が漏れる。
さてと、思いあぐんでいると、
[男の涙へ行ってみませんか」
と青年が声を掛けて来る。
「どんなとこ?」
「そのポスターの所です」
いかにも知床らし-い写真、例の絶壁からの滝、二の句も無くOK。
中老年男性、中年男性、若者男性、若者女性二名の五人のメンバーが集まる。
歩き出すと
「ここは一寸危険で、立入り禁止になっているんです。」
更に
「この辺は熊が多いところなんです」

如何にも熊が出そうな熊笹をかき分けて歩く、鹿やキツネが屯している。
20分も歩くと断崖絶壁に出る。
100か200メートルもあろう目の前の絶壁から滝が吹き出る。
その絶壁を水辺まで降りるのだとよ。
メンバー少し顔を見合わせたが、くだんの青年どんどん下りてゆく。
冷汗をかきながらも水辺までたどり着く。
壮観だ。
滝と水辺の間にカミソリを立てような岩が海に突き出て滝の視界下半分を遮っている。
岩の高さは4、50メートルはあるだろう。


(左下隅に人物)


青年,
「あの岩へ登れば男の涙を上から下まで望められるんです」
と、ザックを下ろして大きなカメラ一式を背中に担いでその岩に登りはじめる。
メンバー唖然と見ている、と、女性の一人が猛然とその岩に食らい付く。
何時の間にか全員が岩の突端に立つ、くだんの青年は写真を取りまくっている。
絶壁から吹き出した滝が直接に海へ落ち込むその一部始終を眺め尽くす。
こんな穴場を体験するのも偶然の産物だ。
帰りがけに青年に礼を言うと、青年の告白、
「実は、あすこの写真が取りたかったんだけど、 一人ではコワので、
欠航でウロウロしている人をさがしていたんです...]


午後ウトロの街を散策、この間のTV放送と全く同じ風景だ、当たり前。
蟹屋が並ぶ、デッカイ蟹がガラスの生簀の中で蟹好きを待っている。
街を海の方に外れたところに直径100メートル、高さ50メートルくらいの、
大きなローソクを立てたような岩、オロンコ岩、アイヌの悲しい話があるそうだ。


青空が出てきた夕方、オホーツクの夕日ツアー。



そして、星ツアー。 眼の下まで星、星、星。
天の川がオホーツクに落ち込む、 牽牛と織姫だ。
なんと、今日は七月七日。


夜、長野のお嬢さんと神戸大学のおねえさんと蟹ラーメンをめざしてウトロへ、
車のライトの中に次々鹿が現れる。
仔鹿だ、お嬢さん達がキャアーキャー
「バンビ! バンビ!」
と騒ぎ立てまくる。
生まれたばかりなのか、仔鹿の足が覚束ない、母鹿が仔鹿と平行に進む。
かと思うと道を挟んで見合っているのもいる。
蟹ラーメンも美味かった。
何となく気の合った三人、連番で此処のYH永久会員となり、義兄妹の縁を結ぶ。

七夕や道を挟んで鹿一対
命がけで逢いたき人もなし七夕
天の川北方領土へ流れけり



知床物語9

翌朝、晴天、海も多少うねりがある程度でいよいよ知床岬巡り船の出航。
このネイチュアーウオッチングボートの模様は
「知床物語1」にて凡そ報告したので省略。



あのイルカの群れに入り込んだ、
そしてその時の女性達の子宮から捻じり出すような歓声、
とりあえず生涯の思い出だ。


陸に上がって、知床峠を越える。
船ではあんなに好天気だったのが、峠は霧、雲の中。
少し下ったところに、「熊の湯」という有名な露天風呂。
男女が別々になっておりそれなりの脱衣所のある。
知床の遅い夏の緑が眩しい。
直ぐ前が谷になっていて羅臼岳の雪解け水が満々と流れている。
先客二人が、右と左を向いてる真ん中に飛び込む。
熱くて直ぐに飛び出す。
洗い場で洗い出した左の男をチラッと見ると、
背中から二の腕にかけて見事な刺青。
余りに熱いこともあって早々に引き上げる。
脱衣所に立派な山靴がキチンと置いてある。
右の男が上がってきた、きれいに日焼けして、なかなかの体格だ。
「羅臼へ登られましたか?」
と声を掛けてみた。
「はあ?」
「山へいかれました?」
「いや、私は山には行っておりません」
話が途切れた。
テカテカに磨きぬかれたこの皮靴はなんなんだろ。
ドヤドヤと真っ黒に日焼けした小父さん達が入ってきた。
漁が終えて毎日ここにくるのだそうだ。

夕方、宿のTVに何処かで見た顔が出てきた。
直ぐには思い出せなかったが、さっきの風呂の右の男だ。
手話の会とかに参加したシングソングライターの右近とか左近とか。


翌朝、朝飯前に知床半島の羅臼側の道の果てたところにある粕泊温泉まで、20キロ。
ゴツンゴツンな石ころの浜に掘っ建て小屋の温泉、当然海側が開けてる。
普通なら目の前にクナシリが横たわっているのに、朝靄だ。
無人の野天風呂で水を薄めないのがルールだが、
早朝なので勘弁してもらい好みの熱さまでジャージャー水を入れる。
湯船が大きいので大変な水量だ。
クナシリが見えたらこうもゆっくり出来ないだろう程ゆっくりする。
日本の最東北端の露天風呂にいるんだ、ザマヲミロ!なんて呟く。
誰に、何の為にこんな呟きが出て来るんだう?




少し羅臼の方へ戻ってセセキ温泉、こちらは本当にオホーツクの中にスッテンテンだ。
岩礁に、人間4、5人入れるかどうかの蛸壺みたいな穴が二つある。
これが温泉、今は引き潮だが満ち潮になるとオホーツクの海と化す。
コンブだかワカメだか海草の匂いプンプン。
お尻が部分的に熱い、岩の割れ目から温泉が湧き出てるせいだ。

刺青の人とオホーツクの湯に浸る
知床の霧やグツグツ詩情湧く
漁終えて風呂に並びし裸かな
知床の宿に灯りし夏炉かな


知床物語10

今日の狙いの一つ、薫別温泉に向かう、雨がポツポツ始まった。
比較的判り易い道を詰めると草原が斜里岳の麓に入り急に山道の砂利道の林道になる。
、両側の草が車の両脇ピッシリの寸法だ。
林道の入れ口でこれでは、この間の奥の細道山伐刀峠の例もある。
またウン万円は、カミさんに何と言われるか判らない。
勇気を持って諦める。 残念!
多分同じ目的で前後してきた単車は既に林道に入って行っている。
この辺りは見渡す限りの畑。
畑の中に大きな塊が点々と転がっている。
ある畑は黒い塊、ある畑は白い塊、多分牧草だろう。
牧場の側を通る、馬だ、しばらく車を停めていると、心なしか馬が寄ってきた。



黒、茶に交じり白もいる、仔馬が駆けてきた。

この雨で計画変更。
山側の温泉巡りは諦めて、海側を行く。
まず眼に入ったポー川史跡、ポーという名に惹かれて小休止。
北海道開拓、アイヌ、さらに古代にまで溯る遺跡。
白躑躅の白に魅せられて3、40分の湿原を最後まで横切って竪穴住居群跡群に入り込む。
復元された古代人の住居跡に入ってしばらく考え込む。
アイヌよりもっと以前の先住民族、



相当に高度な秩序をもっていたらしいことを発掘された遺物が物語っている。
宇宙の規模で見れば東京も北海道も同じ点の中、
ましてや千年、万年、の時間軸を加えれば点の中の点々だろう。
いずれにしてもテ−シタ事ではネェ−ヤ。


天橋立に似た野付半島の先端までの10キロ程は、なかなかなもんだ。
ハマナス、エゾカンゾウ、アヤメ、センダイハギが、
一寸オーバーにいうと、地平線までだ。
20分程歩くとトドワラ、
海水の浸食と潮風によって立ち枯れになったトドマツの林だ。
たかが、百年、千年の出来事。





夏草や仔馬駆けゆく先に海
ポーという古代遺跡や梅雨滂沱


知床物語11

夕方早く中標津YH。
床材、羽目板、手摺、扉まで無垢?の木材、相当に金が掛かっている、
昔のYHのイメージは微塵に無い。
夜の客は、30代の男性4人、OL風の女性二人、英国人の男性、
マイケルさん、34才、と日本人の奥さん、の9人。
奥さんが
「ウトロの宿で一緒でしたね」
と話し掛けてきた。
夕食が終わるともなく、YHの主人のレクチャ−が始まった。
学生運動の経験者とか弁舌が逞しい。
今年いっぱいでここのYHを閉めるとか、其の理由は、
1 最近の若者の考え方に僻僻した。
    2 YH協会にYHの基本思想が無くなった。
3 営利目的のYHばかりになった。
いずれにしても
「経営していたホテルを投げ打って、青少年の育成に夢を掲げたが....」
だ。
主人のレクチャーはマイケルさんとの対話を中心に展開される。
マイケルは弁護士、日本の企業に勤めているらしい。
彼は自転車で北海道を廻る、奥さんはもっぱらJRで、目的地に落ち合う。
主人の話が続く、時折、日本の歴史や諺が交じると、奥さんがマイケルに通訳する。
主人はマイケルに
「もっと日本を勉強しろ」
「英国人であることを忘れるな」
と言う。
育成とお説教の差はなんだろう。
多分善意の塊なんだろう、現に日本人男性4人はここの主人に惚れ込んで、
ここに通い詰めているようだ、その日本人男性の共通点は独身。

「コンピュ−タ−は人類を滅亡させる」
と主人が言い出す。
マイケル、
「例えば、エイズの解決の為に膨大な情報を分析、解析するのに不可欠だ」
主人
「もっと発達させねばならない人間の脳の一部が機能しなくなる」
平行線を辿る。

主人は、40歳に近い独身者達に言う、
「今日のテーマは勇気だ。マイケルの勇気を見習え」
と。

夜、ベッドでワンカップ大関を飲んでいたら、同室の中青年に注意された。
「こうゆうことをするからオヤジはYHを止めるんです。」
面目ない。
ユースホステルでもまだこう言う所が有るのだ。
何だか滅入ってしまって隠し持ってる奴をまた飲んでしまった。


翌朝も雨、
地平線が見えるという開陽台も視界が50メートル。
一路釧路へ。
釧路湿原も全くの雨、トクトクと水を貯えてよどみなく流れる釧路川が印象的。
何故かオフクロのオッパイを連想。
釧路川に沿って単線の線路があり、一両だけの小さな汽車がやってきた。


釧路の街を素通りで釧路港。折りからの台風5号を突いて出航だ。
「もしかしたら何処かの港に避港するかもわかりません」
のメッセージ。
12500トンも地震の連続のようだ。
アメリカ人の青年、リキター君、後で聞いたら31才、交換留学で一ツ橋に来ているだとか。
3年前から日本語習いだしたにしては凄く流暢だ。
日本の格言、文化がポンポン飛び出す。
歴史にも詳しい、日本近代史が専門だもの。

オートバイライダーの小父さんが話に入って来る。
66歳、東京から屈斜路湖までのキャノンボールに参加した戻り。
骨格逞しく、赤シャツに皮パンツのいでたち、話も面白い。
小父さん、リキター君の話に盛んに感心している。
知識の豊富さにも舌を丸めていたが、考え方、生き方にも頻りに感じ入っている。
リキターの母はユダヤ系フランス人、父はウクライナ人、
ご両親離婚してそれぞれが現在再婚しとても幸福、
もし我慢していたら哀れな夫婦をしていたたろうと。
小父さんはいろいろあって離婚して、息子三人をかかえて再婚したが、
夫婦喧嘩でもして今の奥さんを殴ろうものなら息子三人に、
「いい年こいて馬鹿なことすんなよ」
ってやられてしまうんだ、と嬉しそうだ。
何時の間にか小父さんはリキター君を助教授と呼ぶ。
リキター君アメリカに帰ったらニューヨークで日本史の教授目指す。



何時か小父さんとマンハッタンのリキター君を尋ねようということになる。
そして小父さん、アメリカをオートバイで横断しようという。
私は車だ、で意見が一致しない内に東京有明港に着く。

満足な旅だった。
未知の自然、未知の人とのふれあいを堪能した。
成る程、これが旅の目的なんだ。

台風も消えたようだ。



梅雨滂沱一両だけの汽車止る
単線のレールを覆い浜昼顔
新ジャガの串焼き息を吹きて喰ふ
台風を吹き飛ばしたる船出かな

(終)

1、2回のつもりが長くなってしまいました。
友人が手術して丁度二週間がたち、まだ病人食ではありますが、
彼はいろいろ食い出しました。
胃の全部と大腸の一部をとってしまっても、眼はギンギンです。
小さくてもワンマン社長で病室から毎日指示が出ます。
子供三人は離婚した奥さんと行動を共にしており、
孤立無援というよりもっと複雑です。
病人も、私も大きな課題を抱えて梅雨明けです。
sさん、こんな具合です。
有り難うございました。



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