知床物語3

翌朝、曇ってはいるがまあまあの天気、 が、今日も船は欠航。
私は二日目だが三日も待ってる人もいる。
あちこちで溜息が漏れる。
さてと、思いあぐんでいると、
[男の涙へ行ってみませんか」
と青年が声を掛けて来る。
「どんなとこ?」
「そのポスターの所です」
いかにも知床らし-い写真、例の絶壁からの滝、二の句も無くOK。
中老年男性、中年男性、若者男性、若者女性二名の五人のメンバーが集まる。
歩き出すと
「ここは一寸危険で、立入り禁止になっているんです。」
更に
「この辺は熊が多いところなんです」

如何にも熊が出そうな熊笹をかき分けて歩く、鹿やキツネが屯している。
20分も歩くと断崖絶壁に出る。
100か200メートルもあろう目の前の絶壁から滝が吹き出る。
その絶壁を水辺まで降りるのだとよ。
メンバー少し顔を見合わせたが、くだんの青年どんどん下りてゆく。
冷汗をかきながらも水辺までたどり着く。
壮観だ。
滝と水辺の間にカミソリを立てような岩が海に突き出て滝の視界下半分を遮っている。
岩の高さは4、50メートルはあるだろう。


(左下隅に人物)


青年,
「あの岩へ登れば男の涙を上から下まで望められるんです」
と、ザックを下ろして大きなカメラ一式を背中に担いでその岩に登りはじめる。
メンバー唖然と見ている、と、女性の一人が猛然とその岩に食らい付く。
何時の間にか全員が岩の突端に立つ、くだんの青年は写真を取りまくっている。
絶壁から吹き出した滝が直接に海へ落ち込むその一部始終を眺め尽くす。
こんな穴場を体験するのも偶然の産物だ。
帰りがけに青年に礼を言うと、青年の告白、
「実は、あすこの写真が取りたかったんだけど、 一人ではコワので、
欠航でウロウロしている人をさがしていたんです...]


午後ウトロの街を散策、この間のTV放送と全く同じ風景だ、当たり前。
蟹屋が並ぶ、デッカイ蟹がガラスの生簀の中で蟹好きを待っている。
街を海の方に外れたところに直径100メートル、高さ50メートルくらいの、
大きなローソクを立てたような岩、オロンコ岩、アイヌの悲しい話があるそうだ。


青空が出てきた夕方、オホーツクの夕日ツアー。



そして、星ツアー。 眼の下まで星、星、星。
天の川がオホーツクに落ち込む、 牽牛と織姫だ。
なんと、今日は七月七日。


夜、長野のお嬢さんと神戸大学のおねえさんと蟹ラーメンをめざしてウトロへ、
車のライトの中に次々鹿が現れる。
仔鹿だ、お嬢さん達がキャアーキャー
「バンビ! バンビ!」
と騒ぎ立てまくる。
生まれたばかりなのか、仔鹿の足が覚束ない、母鹿が仔鹿と平行に進む。
かと思うと道を挟んで見合っているのもいる。
蟹ラーメンも美味かった。
何となく気の合った三人、連番で此処のYH永久会員となり、義兄妹の縁を結ぶ。

七夕や道を挟んで鹿一対
命がけで逢いたき人もなし七夕
天の川北方領土へ流れけり


翌朝、晴天、海も多少うねりがある程度でいよいよ知床岬巡り船の出航。
このネイチュアーウオッチングボートの模様は
「知床物語1」にて凡そ報告したので省略。



あのイルカの群れに入り込んだ、
そしてその時の女性達の子宮から捻じり出すような歓声、
とりあえず生涯の思い出だ。


陸に上がって、知床峠を越える。
船ではあんなに好天気だったのが、峠は霧、雲の中。
少し下ったところに、「熊の湯」という有名な露天風呂。
男女が別々になっておりそれなりの脱衣所のある。
知床の遅い夏の緑が眩しい。
直ぐ前が谷になっていて羅臼岳の雪解け水が満々と流れている。
先客二人が、右と左を向いてる真ん中に飛び込む。
熱くて直ぐに飛び出す。
洗い場で洗い出した左の男をチラッと見ると、
背中から二の腕にかけて見事な刺青。
余りに熱いこともあって早々に引き上げる。
脱衣所に立派な山靴がキチンと置いてある。
右の男が上がってきた、きれいに日焼けして、なかなかの体格だ。
「羅臼へ登られましたか?」
と声を掛けてみた。
「はあ?」
「山へいかれました?」
「いや、私は山には行っておりません」
話が途切れた。
テカテカに磨きぬかれたこの皮靴はなんなんだろ。
ドヤドヤと真っ黒に日焼けした小父さん達が入ってきた。
漁が終えて毎日ここにくるのだそうだ。

夕方、宿のTVに何処かで見た顔が出てきた。
直ぐには思い出せなかったが、さっきの風呂の右の男だ。
手話の会とかに参加したシングソングライターの右近とか左近とか。


翌朝、朝飯前に知床半島の羅臼側の道の果てたところにある粕泊温泉まで、20キロ。
ゴツンゴツンな石ころの浜に掘っ建て小屋の温泉、当然海側が開けてる。
普通なら目の前にクナシリが横たわっているのに、朝靄だ。
無人の野天風呂で水を薄めないのがルールだが、
早朝なので勘弁してもらい好みの熱さまでジャージャー水を入れる。
湯船が大きいので大変な水量だ。
クナシリが見えたらこうもゆっくり出来ないだろう程ゆっくりする。
日本の最東北端の露天風呂にいるんだ、ザマヲミロ!なんて呟く。
誰に、何の為にこんな呟きが出て来るんだう?




少し羅臼の方へ戻ってセセキ温泉、こちらは本当にオホーツクの中にスッテンテンだ。
岩礁に、人間4、5人入れるかどうかの蛸壺みたいな穴が二つある。
これが温泉、今は引き潮だが満ち潮になるとオホーツクの海と化す。
コンブだかワカメだか海草の匂いプンプン。
お尻が部分的に熱い、岩の割れ目から温泉が湧き出てるせいだ。

刺青の人とオホーツクの湯に浸る
知床の霧やグツグツ詩情湧く
漁終えて風呂に並びし裸かな
知床の宿に灯りし夏炉かな


今日の狙いの一つ、薫別温泉に向かう、雨がポツポツ始まった。
比較的判り易い道を詰めると草原が斜里岳の麓に入り急に山道の砂利道の林道になる。
、両側の草が車の両脇ピッシリの寸法だ。
林道の入れ口でこれでは、この間の奥の細道山伐刀峠の例もある。
またウン万円は、カミさんに何と言われるか判らない。
勇気を持って諦める。 残念!
多分同じ目的で前後してきた単車は既に林道に入って行っている。
この辺りは見渡す限りの畑。
畑の中に大きな塊が点々と転がっている。
ある畑は黒い塊、ある畑は白い塊、多分牧草だろう。
牧場の側を通る、馬だ、しばらく車を停めていると、心なしか馬が寄ってきた。



黒、茶に交じり白もいる、仔馬が駆けてきた。

この雨で計画変更。
山側の温泉巡りは諦めて、海側を行く。
まず眼に入ったポー川史跡、ポーという名に惹かれて小休止。
北海道開拓、アイヌ、さらに古代にまで溯る遺跡。
白躑躅の白に魅せられて3、40分の湿原を最後まで横切って竪穴住居群跡群に入り込む。
復元された古代人の住居跡に入ってしばらく考え込む。
アイヌよりもっと以前の先住民族、



相当に高度な秩序をもっていたらしいことを発掘された遺物が物語っている。
宇宙の規模で見れば東京も北海道も同じ点の中、
ましてや千年、万年、の時間軸を加えれば点の中の点々だろう。
いずれにしてもテ−シタ事ではネェ−ヤ。


天橋立に似た野付半島の先端までの10キロ程は、なかなかなもんだ。
ハマナス、エゾカンゾウ、アヤメ、センダイハギが、
一寸オーバーにいうと、地平線までだ。
20分程歩くとトドワラ、
海水の浸食と潮風によって立ち枯れになったトドマツの林だ。
たかが、百年、千年の出来事。





夏草や仔馬駆けゆく先に海
ポーという古代遺跡や梅雨滂沱


夕方早く中標津YH。
床材、羽目板、手摺、扉まで無垢?の木材、相当に金が掛かっている、
昔のYHのイメージは微塵に無い。
夜の客は、30代の男性4人、OL風の女性二人、英国人の男性、
マイケルさん、34才、と日本人の奥さん、の9人。
奥さんが
「ウトロの宿で一緒でしたね」
と話し掛けてきた。
夕食が終わるともなく、YHの主人のレクチャ−が始まった。
学生運動の経験者とか弁舌が逞しい。
今年いっぱいでここのYHを閉めるとか、其の理由は、
1 最近の若者の考え方に僻僻した。
    2 YH協会にYHの基本思想が無くなった。
3 営利目的のYHばかりになった。
いずれにしても
「経営していたホテルを投げ打って、青少年の育成に夢を掲げたが....」
だ。
主人のレクチャーはマイケルさんとの対話を中心に展開される。
マイケルは弁護士、日本の企業に勤めているらしい。
彼は自転車で北海道を廻る、奥さんはもっぱらJRで、目的地に落ち合う。
主人の話が続く、時折、日本の歴史や諺が交じると、奥さんがマイケルに通訳する。
主人はマイケルに
「もっと日本を勉強しろ」
「英国人であることを忘れるな」
と言う。
育成とお説教の差はなんだろう。
多分善意の塊なんだろう、現に日本人男性4人はここの主人に惚れ込んで、
ここに通い詰めているようだ、その日本人男性の共通点は独身。

「コンピュ−タ−は人類を滅亡させる」
と主人が言い出す。
マイケル、
「例えば、エイズの解決の為に膨大な情報を分析、解析するのに不可欠だ」
主人
「もっと発達させねばならない人間の脳の一部が機能しなくなる」
平行線を辿る。

主人は、40歳に近い独身者達に言う、
「今日のテーマは勇気だ。マイケルの勇気を見習え」
と。

夜、ベッドでワンカップ大関を飲んでいたら、同室の中青年に注意された。
「こうゆうことをするからオヤジはYHを止めるんです。」
面目ない。
ユースホステルでもまだこう言う所が有るのだ。
何だか滅入ってしまって隠し持ってる奴をまた飲んでしまった。


翌朝も雨、
地平線が見えるという開陽台も視界が50メートル。
一路釧路へ。
釧路湿原も全くの雨、トクトクと水を貯えてよどみなく流れる釧路川が印象的。
何故かオフクロのオッパイを連想。
釧路川に沿って単線の線路があり、一両だけの小さな汽車がやってきた。


釧路の街を素通りで釧路港。折りからの台風5号を突いて出航だ。
「もしかしたら何処かの港に避港するかもわかりません」
のメッセージ。
12500トンも地震の連続のようだ。
アメリカ人の青年、リキター君、後で聞いたら31才、交換留学で一ツ橋に来ているだとか。
3年前から日本語習いだしたにしては凄く流暢だ。
日本の格言、文化がポンポン飛び出す。
歴史にも詳しい、日本近代史が専門だもの。

オートバイライダーの小父さんが話に入って来る。
66歳、東京から屈斜路湖までのキャノンボールに参加した戻り。
骨格逞しく、赤シャツに皮パンツのいでたち、話も面白い。
小父さん、リキター君の話に盛んに感心している。
知識の豊富さにも舌を丸めていたが、考え方、生き方にも頻りに感じ入っている。
リキターの母はユダヤ系フランス人、父はウクライナ人、
ご両親離婚してそれぞれが現在再婚しとても幸福、
もし我慢していたら哀れな夫婦をしていたたろうと。
小父さんはいろいろあって離婚して、息子三人をかかえて再婚したが、
夫婦喧嘩でもして今の奥さんを殴ろうものなら息子三人に、
「いい年こいて馬鹿なことすんなよ」
ってやられてしまうんだ、と嬉しそうだ。
何時の間にか小父さんはリキター君を助教授と呼ぶ。
リキター君アメリカに帰ったらニューヨークで日本史の教授目指す。



何時か小父さんとマンハッタンのリキター君を尋ねようということになる。
そして小父さん、アメリカをオートバイで横断しようという。
私は車だ、で意見が一致しない内に東京有明港に着く。

満足な旅だった。
未知の自然、未知の人とのふれあいを堪能した。
成る程、これが旅の目的なんだ。

台風も消えたようだ。



梅雨滂沱一両だけの汽車止る
単線のレールを覆い浜昼顔
新ジャガの串焼き息を吹きて喰ふ
台風を吹き飛ばしたる船出かな

追記

友人が手術して丁度二週間がたち、まだ病人食ではありますが、
彼はいろいろ食い出しました。
胃の全部と大腸の一部をとってしまっても、眼はギンギンです。
小さくてもワンマン社長で病室から毎日指示が出ます。
子供三人は離婚した奥さんと行動を共にしており、
孤立無援というよりもっと複雑です。
病人も、私も大きな課題を抱えました。
sさん、こんな具合です。
有り難うございました。