知床物語2

時間が余ったので摩周湖まで脚を伸ばす。
霧で何も見えない。
しばらく粘っていると、霧の浮き立つ湖面が見えた。
確かに霧の摩周湖、 幻想的だ。

はまなすやアイヌコタンの夕まぐれ
やさしきはアイヌ民話や夏木立
緑陰にアイヌ民話を聞きにけり
霧摩周の島が歓声の芯となり


七日目にして、胃を失った友人歩き出したゾ。
切り取った内臓のすごさを見せられたが、人間の生命力には頭を垂れる。


さて、
摩周湖の近くの屈斜路湖畔の仁伏温泉に宿を取る。
夕食で隣り合ったのは二人連れの神戸の元女学生、
いまは神戸と札幌に住んでいて、
神戸の方が北海道のJRに乗りたくて、しばしば、やって来る。
其の度に札幌がお付き合いしなければならない、
「やんなっちゃう....」
とは裏腹に満更でもない顔つきだ。
二人でビール一本持て余して、真っ赤だ。
たまたまそばの人が河西の人で、
河西に住んだことがある私と三組で関西の話しがはずむ。
関西弁が辺りを圧する。
それぞれここまで来た交通手段が、船と車、汽車、飛行機と三者三様だ。


翌早朝、砂を掘れば即ち温泉となる砂場温泉を自分の手で掘る。
手作りの温泉だ。
少し下がった古丹温泉が今日の狙いのひとつ。
湖面と同じ高さの露天風呂、人っ子一人居ない。

熱くて熱くて、やっと入って屈斜路湖を全望だ。
幾ら払っても悔いないような温泉が只で、しかも一人占めだ。
少なくも1000円くらいの駐車料は問題外の外だ。
頭のてっぺんからから爪先まで湯気を出しながら近くの見学無料のアイヌ民家に入る。
と、何のことはない、土産屋だ。


天下の眺望を豪語する美幌峠でアイスクリームをしゃぶって、網走までぶっ飛ばす。
釧路からの道はただ原野原野の連続だったが、
網走に近づくと少しずつ畑が見えて来る。
蓮の花が満開の池に掛けられた橋を渡って網走刑務所、
いや昔の網走刑務所をそっくり移転して作った博物館網走監獄だ。
ありしままに再現されており囚人になった気分だ。
ところどころに蝋人形の囚人や監視が夢か現かのようにことらを見ている。
誰も居ない時を見計って蝋人形の囚人の隣に入り込んでセルフタイマー。



若い時に一度刑務所に繋がれたいと思ったことがあったが....
事細かに残されている刑務所の歴史を観て、考えさせられる。
西南戦争あたりの武士や政治犯が主体の囚人達が、
厳しい北海道の開拓に夥しい命を捧げて行ったんだとか。
いま北海道の難所を突き抜けるメインロードの殆どは彼らの命と引換えとか。
更に、広島に原爆を落とした飛行機が出陣したテニヤン空港は、
土木工事に長けた網走囚人達の産物だとか。


博物館網走監獄のちかくの北方民族博物館を覗いて見る。
北極を中心にした北方の各大陸の諸民族の文化を、
アイヌもワンノオブゼムとして膨大な資料で紹介している。
興味のある連中には堪らないだろう。

途中、小清水原生花園でたっぷり花を見て知床に向かう。

刑務所を隔つ小池や蓮の花
囚人と並んで寝たり梅雨の雷
刑務所の橋渡る時梅雨の音


オホーツクと平行して知床へ向かう。



小さな駅で水を一杯ご馳走になる。
愛車Zは益々絶好調だ。
裾野しか見えなかった斜里岳の向こうに、海別岳、遠音別岳、そして羅臼岳だ。
山と海がくっ付いたような道が続く、と、オシンコシンの滝。



富士の白糸の滝と同じくらいの幅だが高さは三倍、水量が全然違う、一桁は違うだろ。
上高地あたりの岩場の渓流をそのまま縦にした感じだ。


今回始めてユースホステルなるものを経験する。
もし餓鬼みたいのばっかりだったらどうしよう、不安が走る。
恐る恐る入っていくと、若者達に交じって小父さん、おばさんの笑顔だ。
後から来た修学旅行の団体を除くと50%は小父さん、おばさんだ。
若者達、小父さん、おばさんが気軽に話し掛けて来る。
「何処をやってきました?」
「羅臼はもう行きましたか?」
「カムイチャッカは?」
しばらくして馴れてきたが、旅の情報交換が会話の入り口だ。
それにしても心地よく、気安い。
一杯入ると旅の手柄話に花が咲く。
露天風呂のいいとこ、花がきれいなところ、ラーメンの旨いところ、
居心地の良いYH、道の善し悪し、お巡りさんのいるところ....
さまざまの情報が飛び交う。

8:30、オ-ナ-主催のミーテイング。
近辺の自然の案内、熊の注意、年間の見所、蟹の食い方、買い方、星ツアー、夕日ツアー・・・
最後に皆の明日の行動予定がアンケートされ、
それぞれのコース毎に暗黙のチームが結成される。
羅臼岳登山は老人男性1名、中年男性2名、中年女性1名、
あとは20代女性4名の計8名編成だ。
お互いに顔を見合わせて納得だ。 勿論、私は中年組。


翌朝、8名が揃って出発。
老人のQさんがリーダーを買って出てトップを引く。
相当のベテランのようだ。
何回も何回も聞かされるQさんの
「大丈夫ですか?」「大丈夫ですか?」
が゙だんだん鬱陶しくなる。
長い長い雪渓を登る途中、ビールに雪を詰める。
とてつもないお喋りの女性がいて、熊よけの鈴は不要だ。
底抜けに明るい広島弁。
少し話し込むと角が立つほど知的だ。
口に泡を立てんばかりで顔を近づけて来る。
長野と、小樽の女の子は花に夢中。

 





新しい花を見付けると二人が名乗り?合う。
意見が分かれると図鑑を丹念に....
それでも結論が出ないとお互いにゆずらない。
二人ともとっても詳しい、花が本当に好きなんだ。
長野は酒屋のお嬢さん、小樽は看護婦さんだそうだ。
中年の夫婦はゆとりたっぷり、それもその筈、ワンダーフォーゲル部の恋愛結婚だ。
目の前を行く奥様が、おおきなお尻で馴初めの経緯を話してくれる。
旧き良き時代のこぼれ話が紛れ込む。
旦那はニコニコ笑顔を絶やさないが眼は鋭い。
もう一人の女性は関西の若奥様だ、 関西弁が美しい。
おっとりといつも雲を見ている。
結局、最後に頂上へたどり着いたQさんを入れて全員で記念写真。





雪で冷え切ったビール......ン
知床連山は皆見えるが、下界も、クナシリも雲の下。

知床もクナシリも梅雨の底
熊よけの鈴を鳴らして登山する


夜、ウトロへ蟹を食いに出る。
蟹の刺身を注文したら一匹全部でなければ駄目、と言われる。
生きてる蟹の足一本だけというわけにはいかないのだ。
結局、刺身を諦めてタラバの足一本で熱燗だ。
兎も角、デカイから足一本で満腹。
蟹ラーメンは明日だ。


翌日、朝からの雨で知床岬までのネイチュアーウオッチングボートは欠航だ。
砂利道を2、3キロ走ってみちが行き止まりになる辺りに、カムイチャッカの滝。
大小の滝が200メートルも連なっているのはまあ良いとして、
なんとザーザーと流れているのはお湯なんだ。
藁草履を履いてお湯の流れの中をジャブジャブと登ってゆく。
所々に湯船に格好な滝壷が有る。
一番登りつめた滝が一番大きい。
其の滝壷に若者が浸かって、ガタガタ震えている。



折りからの雨で増水し水温が下がっているせいだ。
さすがに入るのを諦めた。
何時か青空の下でこの滝壷に再挑戦だ。


知床五湖、
流れ込む川も流れ出る川もない、それでいて満々と紺碧に澄んでいる。
後日、船から見た絶壁から吹き出す滝が出口だそうだ。
水の吹き出し方で滝の名前が二つある。
乙女の涙、男の涙、アイヌの付けた滝の名だ。
どしゃ降りの雨で人も少ない、あちこちが熊出没で通行止め。





鏡のような湖面を水尾が走る。
こんなに静かな湖なのに落着かない。
全く人気の無い原始林の道端のクマササがカサカサすると背筋に冷たい物が走る。
でも熊君と対面もしてみたい。
オッカナビックリで二つの湖を巡る、あとの三つは立ち入り禁止。
売店に戻って、コケモモのソフトクリーム、堪らなく美味しい。

車での帰り道、
立派な角の雄鹿に出会う、角が顔の三倍位有るだろうか。
夏木立の中の雄鹿は神々しい。
雌鹿は飽きるほど見たが、雄鹿は始めてだ、何匹か引き連れている。
しばらくの睨めっこに飽きて、ふと反対側に目をやると、巨大な黒。
ヒグマだ!
モゾモゾ下を向いて、ふっとこっちを見る、と直ぐ又、モゾモゾ始める。
後から聞いた話だと草を食べてるのだと。
もしこっちへ飛んできたら、と、慌てて窓を閉める。
ヒグマは時速40キロで走るそうだ。
自分の心臓の鼓動が自分に聞こえそうだ。
ヤッコさんは全く無頓着。
警笛を鳴らしてみて(内緒)も何の反応も無い。
時折思い出したようにこちらを窺う。
やがて草叢に消えた、と思ったら、
ズウ-ット近づいたところに現れてモゾモゾやりだした。
一瞬ひゃっとしたがこちらには関心ない。
暫く眺めていると、草叢に消えて行った。
動悸も治まった。


ウトロで蟹ラーメン、旨いのなんのって!
ラーメン大好きだが、こんなの始めて。
ちなみに「かにや」って店だ。
明日も食いに来よう。


知床でもかなり奥まったところに、吃驚するような(少し)ホテルがある。
名前は「地の涯」、そのホテルの下に無料の露天風呂、
近くの大きな蕗の葉を傘替りにドブンと飛び込む。
良く知られた露天風呂だが今一つだ。
底がヌルヌルするせいか、 雨のせいか。



宿に戻る。
今夜も手柄話に花が咲いている。
意外に北海道の人は少なく、殆どが東京以西だ。
神戸近辺が一番多い。
しかも殆どが知床通、4、5回目がザラだ。
神戸の中老年は神戸近辺ほとんど知らない、のに知床は数回目。
知床に惚れ込んでいるようだ。
「何故何回も知床なんですか?」と聞いてみた。
「手付かずの自然と会いまみえる事が出来る。
それと、ここまで来る人は皆自然好きだしマナーが良い。
そんな人達と話すのが楽しいんだ、だから毎年通って来るんだ。」
何故山に登るの? 何故旅に出るの? 何故俳句つくるの?
.......に近い様だ。

知床のみずうみ巡り梅雨最中
知床に関西弁や人涼し
片陰に熊が顔出すおののきよ


続く