大磯記

大磯の駅を降り前方のこ高い小山を見て、
前に一度来た事が有る沢田美喜記念館を思い出した。
踏絵を中心とするキリスタンの遺物に息を呑んだ事がある。
パンフレットには、要予約とある。
もう一度あの感激を味合いたくて電話してみたが誰も出ない。
冬休みに入ったのだろう。


島崎藤村旧宅
線路に沿ってゆっくり歩み、左へ曲がるとこんな標識がある。




(大磯町ホームページより引用)

当初借家としていたが藤村が大層気に入り買い取って、
没するまで此処に住み着いた。







千両、万両、実南天が冬の日を浴びて殊更に紅い。



この万両は藤村の手植えだそうだ。
案内人の方が、丁寧に説明してくださる。
藤村が此処に住み着いた経緯、夫妻の馴れ初め、
一つ一つの植木の謂れ、
大磯の歴史など・・・





「当時は其の垣根の向こう側は松林で垣根に覆い被さる様に松が茂っていたのです」
今は民家が立ち並ぶ、しかし粗製濫造ではない、静かだ。
大磯は戦災を免れたので静かな佇まいが多く残っているが、
救急車、消防車が入り込めないのが難点だそうだ。
藤村が特に気に入ったのがこの書斎だったと言う。






鴫立庵



西行法師がこの辺りでを詠んだのがかの歌だ。

心なき身にもあはれはしられけり鴫立沢の秋の夕暮れ   西行

西行を慕う後世の文人が此処に草庵を結び、以後、
歌人、俳人たちが入れ替わり入庵している。



多くの句碑、歌碑が立ち並ぶ。


(大磯町ホームページより引用)


大磯に一庵のあり西行忌        草間時彦


花の下は花の風吹き西行忌       村山古郷

丁度、西行庵の屋根の葺替え中であったが、
この西行庵での句会に参加したのを想い出した。
どんな句を作ったか全く覚えていない。
20年前の話だ。
古来、三夕と呼ばれる秋の夕暮を詠んだ歌が知られている。

さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮   寂蓮

心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮    西行

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮   定家

定家の歌は評判が悪い。
白州正子などは「いってみれば机上で作られた作品なのである」と切り捨てている。

鴫立庵を一旦表に出て川沿いに歩くと海に出る。



名代の蕎麦をかき込んで、



東海道松並木を見て、





人がやっとすり違える細い路地を通って、


(大磯町ホームページより引用)

帰路に着く。