近江記11
大澤寺

黒田観音寺と同じ黒田部落の中の字大澤部落に大澤寺がある。
案内人さんと直ぐ連絡が取れた。
「直ぐ、参ります」とのことだ。

こんもりした参道を通り抜け階段を上がると一寸広まった境内、
お堂があるが人っ気は全く無い。



これは目指す観音堂とは違うようだ。
案内人さんも見えない。
キョロキョロすると、「観音堂はこちら」の矢印がある。
その方へ進むと観音堂の裏手に出た。
丁度、
目の前の急な石段を案内人らしい中年の男が登って来て軽く会釈を交わす。
見慣れた雪除けの囲いがある。
男はお堂の奥の閂を外した。



眼の真ん前にヌッと観音様が現われた。
ここの本尊、千手観音菩薩像だ。
これも行基菩薩が自ら刻んだものと伝えられる。
こちらも賤ヶ岳合戦で堂宇は焼失したが、
観音様は部落の人達によって守られた。
その後、幾つかのお寺を渡り歩いて、
明治に入ってから再建されたこの観音堂におさめられた。



身の丈は50cm有るだろうか、割りに小振りな観音様だ。
元々は極彩色で飾られていたらしい、
多種の色彩がセンス良く点点と散らばる。



唇は紅いが女性でもない、かといって男性でもない。
とは言ったものの、中性でも無い。
よく眺めていると、
或る時は女性、或る時は男性、そんな風にも思える。
更に眺めていると親近感が湧いて来た。



厳めしい観音様と言うよりも気安く話の出来る村長さんか区長さんが、
もしかしたら、一寸抜け出してその辺で一杯引っ掛けて来た、
そんな赤ら顔だ。
頗る庶民的なのだ。

九十三の急な石段を下る途中に鐘突堂がある。



帰りがけに、
「このお寺の鐘突堂にある鐘は、
賤ヶ岳合戦時にに柴田勝家の武将佐久間盛政が秀吉勢着陣を味方に知らせるべく乱打した鐘です。
どうぞ、良かったら鳴らして行って下さい」
と言われた。





大澤寺は山の中腹にあり、木之本にある秀吉の本陣が垣間見られる。
賤ヶ岳合戦で亡くなった武士達に鎮魂の意を込めて鐘を撞いた。
大澤寺の鐘の音
思ったよりも鋭い鐘の音だ。





正式な入り口から九十三段の石段を振り返る。



大澤部落には、まだ茅葺屋根の家がある。
後ろの山が賤ヶ岳の一角、その山の裏側が余呉湖だ。

続く

 

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